第六話






あ…危なかった…

俺は雲雀さんの三歩後ろを警戒しながら歩いている。肩にはヒバード。

今回もこの小鳥に助けられた。

そうじゃなきゃ大事な何かを失うところだったよ…

さっき雲雀さんにのし掛かられて…………

あ〜…ちょっと言いたく無いんだけどもう駄目かと思うようなことをされかけた。

そしたらフードからヒバードが顔を出して


『みどーりを〜 はる〜かに〜 みーわーたーせーば〜♪』


と歌いだしたのだ。


『かぜ〜ぇも〜 さわ〜やかー しーろーいーくーもー♪』

『『……………』』

『ひ〜ばりがう〜たうよ た〜からかにー♪』

『萎えた……』


ガクリと俺の上に突っ伏した雲雀さんはやがて無言で立ち上がるとふらふらと歩き始めた。

慌ててそれを追いかけたが雲雀さんはこちらを振り向こうともしない。


そうして今に至る。


かれこれ数十分は経ってるんだけどどこに向かってるんだか…

なんだかダメージ(?)受けてるみたいで雲雀さん、ずっとふらふらよろめいてるんだよな…


「…雲雀さん?」

「何。」

「七つ目の七不思議ってなんなんですか?」

「なんで。」

「なんでって…雲雀さんが言ったんじゃないですか、全部体験すれば出れるかもって!!」

「ああ、そう言えばそんなこと言ったね。」


「言ったね」じゃない!!

それが為に恐怖体験しまくったってのに!!

雲雀さんは楽しげな顔で首を傾げると何かを考えるような素振りで腕を組んだ。


「そうか。そうだね、七つ目が必要だ。…うん、じゃあ行こう。」

「どこへ?」

「ん?ん〜…どこがいいかな…」

「……」

「…屋上がいいかな。どう?綱吉。」

「いいって…場所決まって無いんですか?」

「まあどこでも起こるし。屋上でいいね?」

「はあ。」

「よし。それじゃ行こう。」


雲雀さんは何故か意味ありげな笑みを浮かべて電車ごっこの形をとった。

…どこでもいいってまさか窓ぺったんの類じゃ無いだろうな…


「こ、怖いヤツじゃないでしょうね…」

「いいや?むしろ楽しいんじゃないかなぁ。僕は今から楽しみで仕方ないよ。」

「雲雀さんの楽しみってのがむしろ怖い…」


ぐいぐいと押されながら呟くとヒバードが「コワイ〜」と繰り返す。

復唱しなくていいっての…


「あれ、綱吉。服破けてるけど。」


くいくいと袖を引っ張られる。

さっき切った場所だ。

大したこと無いと思ってたけどじくじくまだ傷が痛む。

ちゃんと手当てしとくんだった。


「図書室での冒険の成果ですよ…雲雀さんが閉じ込めるからってうひゃあ!?」

「おいしい。」


肌を這う舌の感触。

背筋がぞわりとする!

雲雀さんは何を考えてるんだか服の切れ目に口を付けて俺の肩を舌でなぞっている。


「何すんですか!!」

「つい。」

「ついって…!!」

「綱吉、白は好きかい?」


何の脈絡もなくそう尋ねる雲雀さん。

俺は雲雀さんの額を抑えてそれ以上舐められないようにしながら「好きですけど」と答えた。


「首痛いよ。」

「知りませんよ。で白がなんですか。」

「いいや?僕が好きだから。お揃いだね。」

「ホントに何の脈絡も無い…」


いや今更だけど。

ヒバードがちょんちょんと跳ねながら俺肩から腕――雲雀さんの顔抑えてる方のだ――を登っていく。

ヒバードの爪がくすぐったいけど手を離すとまたこの人何やり出すか分かったもんじゃないからなぁ…


「雲雀さんは黒が好きなんだと思ってましたよ。」

「どっちかっていうと黒は嫌いだな。だって映えないし、見えないじゃない。」

「何がですか?」

「赤が。」

「…………」

「っていうか血が。」


言い直すな、分かるから。

俺は「へ〜、そうなんですか〜」と相槌うてる程の肝は持ってないし人でなしじゃない。

沈黙しているとヒバードがちょんちょんと腕を伝って肩に戻ってきた。

…お前さっきから何してるんだ?


「ひあっ!?」


ヒバードに気を取られていたら雲雀さんに今度は手のひらを舐められた。

慌てて手を引っ込めると雲雀さんはニヤリと笑って「行くよ」と歩き出した。


「何してるの、置いてくよ。」


俺がジト目でその背中を見ていると雲雀さんが振り返った。

小走りでそちらに行くと雲雀さんは当然のように俺の後ろに回りどっしりとのしかかって来た。


「雲雀さん、暑いんですが。そして重い…」

「くっついてると怖く無いんだよ。」

「本当かな…」

「本当だよ。君の方こそ本当に暑いわけ?」

「そりゃ…」


と言いかけて俺は止めた。

そういやあんまり…走り回ったのに暑くない。雲雀さんも体温低いし。

「でしょう?」と雲雀さんはクスクス笑いぎゅっと腕の力を強めた。


「じゃなきゃ学ランなんか着てられないよ。」

「そう言えばそーですよね。」

「…そうなんだよ。綱吉は素直だね。」

「ツナヨシ。」


頭の上に移動していたヒバードが「ツナヨシ、ツナヨシ」と名を呼んではツンツンと髪を引く。

なんだ?


「何、ヒバード。」

「コワイ、ツナヨシ、コワイ。」

「へ?」


どしたんだ?お前、幽霊にも飛びかかって行ってたじゃないか。

ヒバードに向かい手を伸ばすが小鳥はパタパタと飛び立つと「2-C」の表札の上に止まってしまった。


「ヒバリ、ヒバリ」

「…何だい?」

「ヒバリ!」

「わっ!?」


ヒバードは俺の顔に激突するとまた興奮したように囀りながら飛び回り始めた。

なんだか「ヒバリ」とか「ソト」とか色んな言葉を連呼してるけど…


「…一体何したんだい?綱吉。」

「え!?いや何も…!!」

「ツナヨシ、ツナヨシ!!」

「も、落ち着けって!何が言いたいんだよ?」

「ツナヨシ!ヒバリ、ソト!ソト!!」

「外?」


空中のヒバードを捕まえるともぞもぞと手の中でもがきながら頻りに「ソト」と繰り返す。

外に出るのは分かってるよ。

でもヒバードが伝えたいのは別の事みたい。外に何か有るのか?


「外を見ろって?でも何もないよ?窓ぺったんもいないし。」


後ろの窓を振り返って雲雀さんがそう呟いた。

雲雀さんにも分からないのに俺がヒバードの言いたいことが分かるわけがない。

ホントにどうしちゃったんだろ?


「痛っ!」


また咬まれたっ…!!もうなんなんだよ!!

俺が痛さで開いた手から飛び出すとヒバードは雲雀さんの肩に止まった。

定位置に戻ったのかと思っていると学ランの襟をはっしとくわえパタパタとまた飛び立った。

俺に言っても駄目だからって雲雀さんを引っ張っていく気だったのか?

でも後ろに引っ張ったら羽織ってる学ランが落ちるだけで意味が無いだろうに。

にしてもこいつ見た目に反して力あるな…

あんな小さいのに学ランくわえて飛んで…

















ゴト。

















背後で何かが落ちる音。

何だ?俺は何の気なしににそれに視線を移した。


「……」


――始め、本物だとは思わなかった。

良くできた彫像か何かだと。

だって美術室に似たようなのが沢山あったから。

でも月明かりに照らされたそれの色を見ればそれが間違いであることに気付く。



白くしなやかに伸びた人の…腕。


石膏とも見間違える白さだけど滴る赤が生身の腕であることを証明している。

左の腕…これ、あの死神の腕だ…!!


「な…んでこんな所に…」

「綱吉、危ないよ。」


思わず後ずさると雲雀さんが俺の体を片腕で抱き止めた。


「気をつけて。」

「すみませ…」

「片手だけじゃバランス取りにくいんだから。」


びちゃり、と服が濡れる感触がした。

気持ち悪さにそちらを見る。

…なんで俺の服、赤く…血?


「ほら、白には良く映えるんだ。」


血の元を辿って視線を上げる。

白いワイシャツ姿の雲雀さん。

その肩から血は溢れ出ていた。

出血の理由なんて明らかだ。

だって、左腕が根元から無いんだから。


「あ…っ」


雲雀さんの背後にある窓ガラスには怯えた顔の俺と血染めの着物を着た死神の後ろ姿が映っていた。

ヒバードが言ってた「ソト」って…!!


「だから言ったのに。」


ニイィと雲雀さん、いや死神が有り得ない程に口角を歪ませて嗤う。






「脱いだら『見えるから』って。」







* * * *


「あった…!」


ヒバードの羽根を追って廊下を走る。

全く我が鳥ながら賢い子だよ…!

ここ出れたらご褒美をあげないとね。


「…2階か。」


綱吉はなんだかいろんなところに寄り道してるからなかなか追いつかない。

図書室から辿った黄色い小羽根は保健室に続いていたり美術室に続いていたり…ウロウロし過ぎだよ全く!!


「っ…」


ズキンと走る痛みに腹を抑える。

包帯に滲む血。あいつに鎌でやられた傷だ。

無様に裏庭に転がっていたせいで救急車を委員に呼ばれてしまいさっきまで病院に押し込められていたのだ。

それもこれも風紀を乱した無力な群れどものせいだ。

奴らが祠を壊さなければ…

連中は後日改めて咬み殺すことにする。


「ヒバリ!!」

「!!」


階段を駆け上がると黄色い小鳥が向こうから飛んできた。

酷く興奮しているそれを捕まえる。


「ヒバリ!ツナヨシ、ヤラレタ!」

「!?」

「ウエ!ツナヨシ、コワイ、ウエ!!」

「上…まさか、屋上…!?」


あいつ…綱吉を連れて行く気か!!止めないと…!!

僕は階段を再び駆け上がりながら舌打ちをする。

全くあの悪霊め…好みも似るわけ!?あの子は僕のだ!


「!」


あと一階上がればという所で眼前に悪趣味な人形と写真お化けが立ちはだかった。

…まだ居たのか。

僕はトンファーを構えると二匹の雑魚を睨めつけた。


「すり潰して焼却炉に捨ててくれる…」








続く…





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