第二話






いくら歩いても廊下の端につかない。

そこに見えてるのに歩いても歩いても先に進まない。


「…雲雀さん…階段に行き着かないんですが…」

「うん。」

「…休憩しませんか?」

「ん。」

「………雲雀さん。」

「うん?」

「……窓の外、なんかいたりします?」


さっきからいや〜な形の影がつきまとってるんだよね…

見る度胸の無い俺は教室側に顔を向けたまま歩く。


「いるけど。」

「…因みに何が。」

「聞くぐらいなら見た方が早いんじゃない?」


グイっと首を回され『それ』と目が会う。

上からぶら下がったような形で窓に張り付く血みどろの女。

ズルズルと蜥蜴のように俺たちを追いかけてくる…!


「ふんぎゃあああぁぁぁ!!!!!!」

「おっと。」


猛ダッシュで俺が走り出すのを見て雲雀さんが呑気な声を出す。

俺の後ろについて「走るの?面倒臭いな…」とぼやく。


「暴力以外の運動は好きじゃないんだよね。」

「最悪だあぁ!!」

「走りながら叫ばないでよ。元気だな。」

「雲雀さんのせいでしょーっ!?」

「ほら、綱吉見てごらん。物凄いスピードで窓ペッタンが追いかけて来るよ。」

「誰が見るかっ!!何ですかその可愛い名前は!!」

「気が紛れない?」

「紛れない!!」


余裕だな、雲雀さん!!全然怖くなさそうなんだけど!?

確かにベタッベタッと嫌な音を立てながら何かが追いかけてくる。

俺は更に速度を上げて廊下を爆走した。

そのお陰かどうかは分からないけどようやく階段に到達できた。

俺はそのままの速度で階段を駆け下りた。


「あ〜怖かったね。」

「………」


どの口が言うか。


「また一階に戻って来ちゃったよ。」

「出口探してたんじゃないんですか?」

「そうなんだけどさ。」


昇降口は雲雀さんの言うとおり閉まってる。

職員玄関…も同じか。

なら非常口かな。

頻りに廊下を気にしている雲雀さんにそう言うと「同じだと思うけどね。」とにべもない。

…出口探せって言ったのは自分の癖に。


「でも確かめるだけ…」

「しっ!」

「?」


雲雀さんは険しい顔で廊下を見る。

ジャラジャラと、何だろう…鎖?のような音がしてる…


「来てる…」

「わっ!」


突然職員室の中に突き飛ばされた。

雲雀さんは素早く中に入ると扉を閉めた。


「なにっ…」

「しっ!喋るな。ここから見てれば分かるよ…でも声は出さないでよ。」


手招きされて薄く開いた扉の隙間から外を見る。


ジャラ…ジャラ…


廊下に靄みたいのが立ち込めている。

その白いのの向こうに誰か…


「っ!!」

「しっ…」


悲鳴をあげそうになった俺の口を塞ぎ雲雀さんはそれがよく見えるよう扉を少し押し開けた。

白いの着物を染める変色した茶色い血。

頭からベールのように黒い薄布を被る人物。

帯に錆びた鎌を二丁差し、腕にそれから伸びた鎖を幾重にも巻き付け手に自身の削がれた左腕を持ちそれは滑るように廊下を進んでいく。

布の下から覗く口元は優美な曲線を描いている。

姿の不気味さならさっきの『窓ペッタン』のが勝ってるのに、恐怖心はこちらの方が断然上だ。

カタカタと体の震えが止まらない。

それが通り過ぎるまで俺は身動きすら取れなかった。


「な、なんですかあれ…」

「封じられてたものさ。多分見つかれば命は無いね…」

「っ…!!」

「鎖の音がしたら隠れた方がいい。…僕もあれと対峙するのは御免だ。」


密着してたから気付いた。

雲雀さん、すごい鳥肌立ってる…

俺達は靄が完全に消えたのを確認して息を吐き出した。

立ち上がって扉を開ける。


ジリリリリ…


「「………」」


突然職員室の電話が鳴りだした。

俺も雲雀さんも無視を決め込み部屋を後にしようとする。


ジリ…ジリリリリ…

リリリリ…

ジリリリリリリ…


…部屋中の電話が鳴ってる…これ、取るまで鳴り止まないのかなぁ。


「仕方ない。」

「!?出る気ですか?」

「メリーさんだったら代わってあげる。」

「いらん気遣いです。」


雲雀さんは一番出口に近い机に近付くと受話器を取った。

…何故か俺の二の腕は離さない。

逃げませんて。一人になる方が怖い…


「はい。」

『…は…』

「何?」


電話の声は静かな空気のせいか俺にもよく聞こえた。

でもノイズみたいなのに邪魔されて内容はよく聞き取れない。

雲雀さんは眉を潜めて「何?」と繰り返す。


『何処に…いる?』

「………さあね。」

『そっち…行く…ってろ…』


ガチャン。


通話は唐突に切れた。

雲雀さんは不快気に受話器を叩きつけると俺を掴んだまま廊下に出た。


「何だったんですかね、今の…」

「さあ?」


雲雀さんは幽霊(?)の電話を大して気にした風もなく廊下を歩き始めた。


「廊下に長いこといるとまた死神が来る。気をつけるんだ。」

「はい。」


死神。

さっきの幽霊にぴったりの呼び名だ。

雲雀さんは前後を見渡して一人頷くとまた電車ごっこの隊形になった。

…俺がやっぱ行くのね。


「はい、綱吉頑張って。」

「応援されましても…これ出られるんでしょうか。」

「出られるんじゃない?そのうち。」

「アバウトだ…」


非常口も一応見たけどやっぱり開かない。

俺は雲雀さんを引っ付けたまままた歩き始める。

…雲雀さんなんか疲れてきたのかなんだか分からないけど首に腕巻き付けて体重かけてくるから歩きにくい…


「雲雀さん、重い…」

「ん?ああ。」

「………なんか変な音しません?」

「音?」


低い…ボーン、ボーンって音が聞こえる。

なんか聞いたことあるような…

音は不規則にだけど止むことなくなり続けてる。


「…ピアノかな。」

「なんでここまで…」


音楽室は3階にある。

ここまでピアノの音が聞こえるなんて。


「…また幽霊かな。」

「違う…気がします。」


よく分からないけどこの音の元に行かないといけない気がする。

もしかすると俺達の他にも誰かいるのかも。

でも雲雀さんはあまり乗り気じゃないみたい…


「止めた方がいいんじゃない?何が出るか分かったもんじゃないし。」

「怖くて出られないのかも…」

「まあ君が行きたいなら止めないよ。君の身にもしもの事があったら僕は我先に逃げる。」

「…うわあ、頼もしい。」


階段を昇る時も引っ付いて離れない雲雀さん。

自分で歩いて…過重がかかってるから疲れるんだよ。

ボーンと言うピアノの音は止むことなくまだ鳴り続けている。

一体誰が鳴らしてるんだろ…

俺は二階の窓を見ないように――まだ窓ペッタンがいるかもしれない――足早に階段を駆け上がった。

汗が吹き出るのが気持ち悪い。

やっぱ夜は気温が下がるとはいえこの時期は暑い…


「雲雀さん…暑いんですが。」

「夏だからね。」

「そうですね…ちょっと離れませんか…」

「いや。」


雲雀さん自身は体温低いんだけど俺の熱が学ランで籠もってすんごく暑い…

気持ち悪くないのかな…俺かなり汗だくなのに。


「せめて学ラン脱いでくれませんか。」

「駄目。見えるから。」

「何が…」


ガターン!!


「!」


な、何…!?

3年の教室から凄い音が響いた。誰かいる…?

恐る恐る扉を開く。

……何ともない?ただ机が倒れているだけだ。


「何だったんでしょ…」

「綱吉…」


雲雀さんが緊張した顔で教室の中を指差した。

俺も釣られてそちらに目線を向ける。


ガタン。


「?」


ガタッ。


「!!」


机が…動いてる!?

窓側の一番後ろにあったヤケに黒ずんだ机がガタガタとひとりでに動いている。

周りの椅子や机を倒しながらゆっくりと…

もしかしてこれ…こっちに来ようとしてる!?


「行くよ!綱吉!」

「は、はいぃ〜!!」


慌てて廊下に飛び出すとガタガタガタッと激しい音をたてて机が追いかけて来た!!

俺達はバタバタと廊下を走った。

雲雀さんが腕を掴んでいるので転ばないようにするのがやっとだ。

しばらくすると後ろの音が止んだ。

振り向くと50mくらい後ろの廊下の真ん中にぽつんとさっきの机がある。

…と、止まったのかな?


「……………」

「………」




















ガタッ。












「!!」




















ガタガタガタガタガガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ






















「ひいいぃぃ!?」


怖い怖い怖い怖い!!

顔ある幽霊より怖いんですけど!?

机が高速で動く姿は「貞子」にも優るとも劣らない恐怖だ。


「凄いね綱吉。七不思議3つ目体験だよ。」


横を走りながらいつもの口調で雲雀さんが宣う。

余裕だよ、やっぱこの人!!


「残すはあと4つだね。」

「棄権したい!!」

「でもあっちはフルコースで来る気っぽいよ。」

「半額コースでお願いしますーっ!!」

「あ。」


雲雀さんの声に顔を上げる。

廊下の中心に立つ人体模型。


「挟まれたね。」


も〜やだ〜!!!!!!








続く…





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