第三話






「死ぬ…」


俺は膝に手を突いて荒い息を吐き出した。


1、窓に張り付く血みどろの女教師
2、彷徨う悪霊
3、持ち主の無念を宿す黒こげの机
4、遊び相手を探す人体模型


七不思議を四つ目まで体感してしまいました…

そして


「雲雀さん…」


いつの間にやらはぐれちゃったよ…!!

人体模型と机から逃げ回ってて後ろ見てなかった!

俺は体を起こして目の前の防音扉を見上げた。

目的の音楽室。

着いたはいいものの…


「こ、怖い…!」


超直感を疑うわけじゃないけど中にもし!

もし幽霊がいたら…!!

ううう…入れないよ〜…雲雀さんどこ行っちゃったんだ…!


ボーン。


「!」


ボーン、ボン、ボーン


また、ピアノ…誰かいるんだ。

この扉の向こうに…

幽霊かお化けか。

でも扉を開けろと俺の中で囁く声が聞こえる。


「よ、よし!」


俺は直感を信じる!

でも怖いのに変わりはないから目を閉じて扉を押し開ける。


「…………あれ?」


恐る恐る目を開く。

でも…誰も、いない。


ボーン。


「っ!!」


誰もいないのにピアノが…!!

さっきの机を思い出す。

ま、まさか今度はピアノが…

背中に暑さとは関係無い、冷たい汗が噴き出す。

な、なんで俺一人でこんなところに来ちゃったんだ!


ガッタン!!


「っ!」


部屋を飛び出そうとして何かに蹴躓く。

…ゴミ箱かよ!!

俺は慌てて立ち上がった。


ボーン!


「ツナヨシ、サワダツナヨシ!」

「ん?」


この声…

俺は首だけ回して後ろを見た。


ボーン、ボン


「ツナヨシ、イタ、ミツケタ!」

「ひ、ヒバード!?」


ピョコピョコと鍵盤の上で飛び跳ねる黄色い小鳥。

ってお前か!ピアノ鳴らしてた犯人は!!

あ〜…なんか一気に疲れた…


「なんでこんなとこに…お前雲雀さんと一緒にいたんじゃないのか?」

「ヒバリ!ヒバリ!ツナヨシミツケタ。」

「…そのヒバリさんが行方不明なんだよ…」


誉めろと言わんばかりに俺の頭上を飛び回る小鳥。

とりあえず俺を探してくれてたわけね…

でも探しに行くんじゃなくてピアノで呼び寄せるあたりが雲雀さんの鳥だ。

ぽすんと俺の頭に着地するヒバード。

…巣じゃないんだぞ。


「ツナヨシ、ヒバリ、ソト!」

「うん…出口探さないとね。」


でもその前に本人だ。

警戒しながら音楽室の扉を開ける。

…何もいないな…俺は足早に廊下を進み出した。

小さくても一緒に行動する鳥がいるだけで少し勇気が出る。

そう考えると暑くても雲雀さんが背中にくっついててくれた方が安心するなぁ…


ジャラ…


「!!」


今、鎖の音…

後ろを見ると靄が立ちこめている。

わわわっ!!

俺は慌てて教室に飛び込むと扉を閉めた。


ジャラ、ジャラジャラ…


「ツナ…」

「しっ!」


頭の上のヒバードを手の中に隠す。

冷気が漂いガタガタと体が震える。

手の中の暖かな生き物の体温が今唯一俺の救いだ。


ジャラ…


扉の隙間から白い着物が見えた。

鼓動が早くなる。

うずくまり膝の間に顔を隠す。

早く、通り過ぎてくれ…!!


「…………」


音が…止んだ?

俺は顔を上げた。

扉の隙間からは着物は見えない。

…行ったのかな?

音を立てないようにそっと俺は立ち上がる。

は、早く雲雀さん探して…





「っ!」





どくり、と心臓が…いや直感が警鐘を鳴らしている。

「動くな」と。

どこに、何の危険を知らして…

そこで俺はハッとした。

そうだ、あの死神…

教室の後ろの扉の前を通過した姿は見たけれど…

前の扉を通過する姿は見ていない。


つまり、今。


死神は薄い壁を挟んだ向こう側に立っているということになる。


じわりと汗がこめかみを伝う。

なんでそこに立ち止まっているんだろうか。
俺に気付いた?ならなんで中に入ってこないんだ…

沈黙がこんなに恐怖になるなんて。

まだ追いかけられた方が分かり易い。








トン。








「!!」










トン…トントン、トン、トントントン…ドンっ、ドンドン!!ドン、ドグッ!!










な、何!?

壁を死神が叩いている!?何のために!?

序々に強くなる力に俺は体を震わせる事しかできない。

ミシミシと揺れる壁。

つ、突き破る気!?


「痛っ!」


知らず手に力が入っていたみたいだ。

潰されると思ったのだろう、ヒバードに指を噛まれてしまった。

その拍子に開いた手のひらから小鳥が飛び出した。

ヒバードは迷い無く教室の上の窓から廊下に出て行ってしまった。










ドンドンドンドンドンドンッ!!ドッ!!ガン、ガンガン、ガンガンガンガン!!










「っ!!」


唯一の道連れに逃げられいよいよ俺は恐怖に声にならない悲鳴を上げる。

壁はもう今にも破られそうなほど軋んでいる。

膝がガクガクとして立っていられない…!!


ガターン!


「!?」


隣の、教室…?

何か大きな物が倒れたような音がした。途端に壁を叩くのを止める死神。


「……………」


ジャラ…


死神が教室の前を動く気配。圧迫感が薄れる。

ほ、と息をつくと同時にまた窓からヒバードが戻ってきた。

もの凄い速度で俺の頭に降りるとグイグイっと髪を引っ張られた。

何を言わんとしてるのかは分かってる。

俺はまだ震えて機能を果たそうとしない膝を拳で殴ると無理矢理立ち上がった。

死神は去った訳じゃない。

隣の教室にいるんだ…!!戻ってくる前に、早く!!

俺は教室から飛び出すとほぼ転がり落ちるようにして目の前の階段を駆け下りた。









「はっ…はぁっ…」


ヒバードに導かれるまま走り辿り着いたのは応接室だった。

初めて入った時に痛い目にあってるからヤな思い出しか無いんだけど、

今は雲雀さんのテリトリーってだけで一番安心できる場所のような気がする…

俺はソファーに仰向けに寝転がると息を整えようと深呼吸を繰り返した。


「はあ…」

「ツナヨシ。」

「ヒバード。」


テーブルの上で首を傾げる小鳥においでと手を差し出す。

ヒバードはぴょいと指先に乗ると自慢気に羽を膨らませた。


「ありがと。さっきのあれ、お前だろ?助かったよ。」


隣の教室で物音を立ててくれたのはこの小鳥だ。

お陰で死神から逃れることが出来た。

ウリウリと頭を掻いてやると気持ちよさそうに目を閉じている。

可愛いなぁ…頭いいし。

俺もヒバードみたいなペット欲しいよ。

しばらくそうしてヒバードと戯れていた俺は足の震えが収まったのを確認して立ち上がった。

このままこうして朝までいたいけど雲雀さんと出口を探さなきゃ。

怖いけど雲雀さんがもし危険な目にあっていたら…見捨てられないよ。


「行こうか、ヒバード。ご主人様を探しに。」

「ヒバリ、ヒバリ。」

「うん。」

「ヒバリ、ソト。ナカ、ダメ。」

「そうだね。」


早く出よう。そして帰らなくては。俺たちの日常に。

頭に乗るヒバードが歌う校歌が俺の心を落ち着かせてくれる。

俺は意を決して応接室の扉を開くと魔の廊下に足を踏み出した。

…雲雀さんとはぐれたのは3階でだ。

でも七不思議や怪談が密集している場所も3階。

自称「怖がり」の雲雀さんがいるとは思えない。


「…2階かな。」


なんとなくそんな気がする。

超直感じゃないよ、本当になんとなく。


「…………………」


本音言うと行きたくない…二階の特別教室に一つだけあるんだよ、七不思議…

窓ぺったんも怖いけどあれは場所特定されてないからどこに出てもおかしくないし…


例えば今、とか。


「…………」

「ツナヨシ、マド。」

「見ないから。」


月明かりでまた嫌〜な影が俺の後ろに…俺は窓を見ないように歩き始める。

…ベタベタなんか追ってくる…怖い〜!!

耐えきれず俺は廊下を走る。

階段を駆け上がって俯いたまま踊場も走り抜ける。


「ストップ!」

「!!」


ガシッと頭を押さえられた。

目の前に黒い制服のズボン。


「ひばっ…」

「何処行ってたん」

「うぎゃあああぁぁ!?」


顔を上げると頭からダラダラと血を垂らす雲雀さん。

安心して気が緩んでたからモロにきた…ふらっと揺らいだ体を雲雀さんが慌てて腕を掴み引き寄せる。


「ちょっと。なんで僕見て気絶しかけるわけ!?」

「したくもなりますよ!!なんで流血してるんですか!?」

「机と戦ってたら」

「戦ったんだ!?」

「そこで転んだ。」

「なんで!?」

「滑った。」


怪我の理由が情けなさ過ぎだ!!

普段の最凶なクールさはどうしたんですか、風紀委員長!!


「つ、机は…」

「真っ二つにして人体模型に投げつけてその後見てないな。」

「投げ…」

「だって怖かったんだもん。」


…怖がってない。

ちっとも怖がってないよ、雲雀さん。

普通は向かっていかない…怖かったら逃げます。

はぐれた理由それか…

俺が呆れていると雲雀さんは乱暴に血を拭って俺の頭上を指差す。


「綱吉、それ…」

「音楽室でピアノの上にいたんです。」

「…いつの間に入ったんだろ。」

「さあ。雲雀さんとはぐれてあそこにいたみたいですけど。」

「ふ〜ん…」


ヒバードは俺たちの頭の上でパタパタと回るとまた俺の頭に降りた。

一声「ヒバリ」と囀るとまた校歌を歌い出す。


「…死神はいた?」

「はい。3階に。」

「そう。」

「ヒバードのお陰で助かりました。」

「…そう。」


雲雀さんはまた俺の後ろに張り付くと「うん、やっぱりこれが落ち着く」と呟いた。


「そうそう、綱吉。出る方法だけどさ。」

「!ありましたか!?」

「分かんないけど。七不思議全部体験すれば出れるんじゃない?」

「…………それは、かなり嫌。」

「でもほら。あと3つだよ?大丈夫、大丈夫。」

「いやいや…」


確証無いのに怖い目にあうのは嫌すぎる…

でも雲雀さんはぐいぐいと俺の肩を押して次の七不思議の舞台に向かう気満々になっている。

…楽しんでいる気がするんですが。


「本当に怖いんですか、雲雀さん。」

「うん。心臓ドキドキだよ。」

「…嘘っぽい…」


雲雀さんは嫌がる俺をズリズリと引き摺るようにして廊下を進み始めた。

そう言えば七不思議って俺全部知らないんだよなぁ…雲雀さんは知ってるんだろうか。


「大丈夫。全部どうせ体験するんだから。」

「いえ、心の準備ってものが…」

「肝試しはサプライズがつきものだよ。」


…あなたが人の子だったのが一番のサプライズだよ。








続く…





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