第十二話 …あっちはどうなっただろうか。 すんげぇ心配だ…沢田さん泣かしたらあの野郎今度こそ埋める… 「随分と」 「?」 骸がソーサーからティーカップを取り上げてこちらを見る。 「随分と可愛らしい子犬を連れているんですね。魔族嫌いの貴方が。」 「…勝手についてきただけだ。」 俺がな。 「おや、そうなのですか?僕はまた…」 「余談話はいい。とっとと本題にいきやがれ。」 不機嫌さを隠さず低い声でそう言えばヤツはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。 こっちがやれやれだ、この鶏冠野郎… 「僕も好きで君に付きまとっているわけではないのですよ。人間など食料以上の価値はない。」 「そうかよ。」 「目的のものさえ見つかれば君の前には二度と現れないと誓いましょう。」 「はっ!何に誓うんだ?神か?」 馬鹿馬鹿しい。 俺はカップを掴むと中味を喉に流し込んだ。 「君に力を授けたもの、途切れた命を繋いだもの。それは誰なんです?」 「何のことだか。死んだ人間が生き返るだ?それだけでも阿呆らしいってのに。俺が知るわけねぇだろ。 大体力ってのもよくある超能力みたいなもんじゃねぇか。大人になれば消えんだろ。」 「クフフ…相変わらずですねぇ。」 「お前も相変わらずしつこい。つうか当てが外れたんじゃなかったのかよ。」 ここ一年姿を現さなかったからやっと目的のヤツでも見つけたのかと思ってたんだが… 組んだ手の上に顎を乗せ骸が溜め息をつく。 「そう思ってたんですがね。候補が悉く外ればかりで。」 「…んでまた俺か?お前が何探してんだか知らないがいい加減に…」 「神孫。」 「!」 「聞いたことはあるんじゃないですか?」 神孫。 この世には神の血を継ぐ一族が存在する。 だが神掛かりな力を持った祖先と違い今の連中はこれといった能力もない。 ただ「神の末裔」という称号を掲げて国の中心部に居座っているだけだ。 しかし何百年に一人という確率で「祖先返り」を起こすヤツが産まれることがある。 神話のような祖先と同じ神の力を繰る血族。そいつらを人は「神孫」と呼ぶのだ。 「気配が…するんですよね。新しい神孫の気配が。ただ何故か見つからない…」 「見つけてどうする気だ。」 血に力の宿る聖血と違い神孫はその存在が「聖」なのだ。 遭遇しても魔族には何のメリットもない。むしろ避けて通りたい存在の筈だ。 骸はふ、と真意の読めぬ笑みを浮かべ椅子の背にもたれ掛かった。 「どうしても会わなくてはならないのですよ…我々の未来の為に、ね。」 「………」 胡散臭ぇ… でも、安心したぜ。 こいつが探してるのが神孫ならば沢田さんは全く関係がない。魔族だからな。 むしろ問題なのは雲雀だ。 あいつ血族で唯一の聖血だとか教皇が期待してるだとか言われてたよな… まさかあいつがその神孫… 「さて、話す気になりました?」 「いんや?だがな、これだけは言っておく。俺はてめぇが探してるのとは無関係だ。」 「おや、散々はぐらかしておいて僕が信じるとでも?」 「今の話で確信した。俺の力は神とは関係ねぇ。なんなら調べてみるか?」 「随分な自信ですね…」 冷えた微笑を浮かべ俺を見据える吸血鬼をこちらも挑発的な目で睨む。 関係ないことははっきりしたがこいつの性癖からいって沢田さんの能力を知れば今度はあの人に付きまとうに違いない。 大体この数日で沢田さんの特異性にこいつが気付かない訳がない。 これ以上興味をもたれて人体実験どころか解剖したいなどと言い出されたらたまったもんじゃない。 「いい感じに盛り上がってるじゃない。」 …やっと戻って来やがった。 そちらを向けば上機嫌で沢田さんを連れた雲雀。 いい気なもんだな。今回の騒動の元凶お前だろ… 「綱吉。」 冷えた微笑が嘘のように柔らかな笑みを浮かべ骸が立ち上がる。 沢田さんが駆け寄ればその柔らかい髪に触れ屈み込む。 「仲直り出来たのですか?」 「はい。」 「それは良かった…」 骸が沢田さんを抱き上げる。幼児を相手にするような接し方だ。 沢田さんもなんだか俺達を前にしているときより若干幼げというか甘えてるというか。 ……離れてる間に何があったのかは知らないがこれ、かなりむかつく図だな。 それは雲雀も同じ様で目つきが鋭くなっている。 「骸、俺もう行きます。いろいろありがとうございました。」 「おや、もう?まだゆっくりして行きなさい。」 「でも先を急ぐので。俺のせいで時間かかっちゃったし…」 沢田さんのせいではなくこいつとそいつのせいです。 沢田さんが降りようと体を捻る。 その時。 「綱吉!!」 雲雀の焦った声。目を見開き硬直する沢田さん。 「あ…」 沢田さんの細い首。 その根元に、骸の鋭い牙が食い込む。 ヤツは俺と目が合うとうっそりとした顔で嗤った。 * * * * 嘘、嘘… なんで? どうして…こんな。 首に刺さる牙の感触。 「むく…ろ…?」 血を吸われる絶望的な感覚の中で髪を撫でる優しい手。 分からない。なんで?どうして? 骸は優しかったのに…敵意も感じなかったのに。 赤い膜も一度も反応しなかった。今も、何も起こらない。 「あ…ああ…」 耳に雲雀さんと獄寺くんの声が聞こえる。でも何を言っているのか… 血が流れていく。 手足が冷えていくような感触。 「…なん、で…」 山本以外で初めて優しくしてくれた同族。 同族喰らいと知っても変わらずに接してくれた人。 髪を撫でてくれる手。 柔らかい微笑み。 子どもを叱るような口調。 全部、好きだった。 頬を生温いものが滑り落ちていく。 牙が引き抜かれ、傷口を舌が辿る。 俺の視界に戻った骸は、俺の知らない吸血鬼の顔をしていた。 「骸ぉ!!」 「いいのですか?彼に当たりますよ。」 「「!!」」 「君がだんまりを決め込むのが悪い。僕はどうしてもあれを探さなくてはならない。 手掛かりは何一つ取りこぼしたくないのですよ。」 「てめぇ…!!」 やっと分かった。 二人がここにいる理由…俺が人質だったんだ。 だから骸は俺をここに閉じ込めて… 諫めるような言葉は全部、その為の嘘だったのか。 「現実」の刃が治りかけていた傷をまた引き裂く。 やっぱり俺は現実に拒絶されたままだった。 「同じ吸血鬼だろ!?なんでそんな…」 「彼は特別なのです。それに子どものうちは血の毒性もない。 さあ…どうしますか、獄寺。まだだんまりを貫くというならばこのまま…」 「くっ!」 「聖血、君も動かない方がいい。動けば首をへし折ります。」 「綱吉!」 本気を示すように首に手が掛かる。 雲雀さんと獄寺くんは武器を構えてはいるものの俺を盾にされていて動くに動けない。 傷ついてる場合じゃない。 なんて様だ、雲雀さんを守ると言いながらこれじゃただの足手まといだ…!! 「だから言ってんだろ、俺は神孫とは無関係だ!!」 「「!!」」 …神孫? 「ならば教えてください、君を蘇らせた者の名を。」 「それは…っ」 「何故隠す?ああ、たかが魔族の命とは引き換えに出来ないと?」 「…っ」 獄寺くんがどうすべきかという顔で俺を見ている。 獄寺くんが何を思って俺の能力を隠してくれているのか分からないけれど骸には知られてはならない。 俺を抱える大きな同族を見る。 骸はこの数日で俺が戦闘上で無力なのは分かったはず。 俺は獄寺くんに向かい首を横に振る。 「…言えない。言うことを禁じられている。」 「ほう。」 ぐっと首に掛かる手の力が増す。 駆け寄ろうとする二人を手で制して俺は首を絞める手を掴んだ。 骸。 上辺だけだったのかも知れないけれど、家族がいなかった俺はこの数日が本当に楽しかった。 隠していた水晶水を骸の顔に向けてぶちまける。 「ぐあっ…!!」 「沢田さん!!」 骸の力が緩む。俺は骸の胸を突き腕から逃げ出す。 でもその時、どこに隠れていたのがそれぞれに武器を携えた魔物が部屋になだれ込んで来た。 この屋敷、骸しか気配が無かったのに…! 獄寺くんが腕の髑髏から白い光球を撃った。それが魔物達の足元ではじけると煙が発生した。 煙幕…!この隙に… 「!!」 「待ちなさい。」 腰に廻る長い腕。 見上げれば顔の半分が紫に変色し、片目から血を流す骸。 赤い片目はぎらつき怒りを孕む。 「ひっ…!」 「おいで。お痛が過ぎる…悪い子だ。」 やだ、殺される…!! 逃げたいけど足が竦んで…叫ぼうとしたら口を塞がれた。 乱暴に肩に担がれる。 こんな時自分の軽さを恨む。筋肉欲しいとは言わないからせめて人並みの体重が欲しい! 「神父は捕らえろ。口さえ聞ければ手足の有無は問いません。聖血は好きにするがいい。」 「かしこまりました。」 骸は人身牛頭の魔物にそう命じると扉に向かい歩き出した。 「大丈夫です、そんなに怯えないで。まだ君は殺しません。」 「…っ…」 「後でゆっくり…僕を怒らせたお仕置きをしましょう。まずはその可愛い目をくり抜いてあげましょうね。」 骸の長い指が俺の頬をなぞりあげる。 表情は穏やかだけど瞳が恐ろしい光を放つ。 ――本気だ…! 「待ちなよっ!」 煙を切り裂いて黒と銀が現れる。 雲雀さんだ…!! トンファーで辺りの魔物を薙ぎ倒し、もののついでと言わんばかりの無造作さで玉鎖を骸に放つ。 骸が突差に翳した右腕にそれは絡みついた。 「あの神父はどうでもいいけどそれは置いていってよね。」 「おやおや素敵な友情ですね。」 「まあね。それとその子を抱っこしていいのは僕だけだから。離しなよ。凄いそれムカつく。」 「雲雀さん、ダメ!!骸は皇位クラス…」 「関係ないね。」 骸が腕を振るえばあっさりと鎖が落ちる。 空中で腕を指揮者の様に振ると三つ叉の槍が出現した。 「全く…未覚醒の聖血如きが身も弁えずにこの僕に挑もうとは。」 「ふうん。確かに狐やドラゴンとは格が違うみたいだ。大口叩くからには強いんだよね。」 「……面白いですね。君は殺した後首をしばらく飾ってあげますよ。綱吉の部屋にね。」 「は。やれるものならやってみなよ。」 続く… |