第十四話






あの日から2日が過ぎた。

獄寺の機転で綱吉奪還は成功したものの僕らはずっと足止めを喰らっている。

というのも…


「…獄寺くん…」

「綱吉、どう?」


綱吉が首を横に振りベッドに向き直る。

死んだように眠り続ける神父。

異変はあの脱出劇の後に起きた。獄寺はこの町に転移してすぐに鼻から血を流し倒れ込んだ。

空間移動は人の使う力ではない。魔族でも負荷が強い為、立て続けに使う事は躊躇われるそうだ。

綱吉も一度使えば消耗が激しく、数日はだるさが抜けないらしい。といっても成人すれば改善されるのだそうだが。

獄寺はそれを人の身で立て続けに使い続けた。結果、脳が限界を越えてしまったのだ。

そういえば最初の空間移動の時にしきりに頭を抑えていたような…


「獄寺くん、無茶し過ぎ…」

「必死だったからね。彼も。」


綱吉が骸とかいう変態吸血鬼に水晶水を投げつけた後。

煙幕弾を撃ち込んだ獄寺の行動は素早かった。


『雲雀!俺は探し物がある。お前あいつの気を逸らせ。いいか、本気出すなよ。
理由は聞くな、取り敢えず適当に戦っとけ!!』


そう叫ぶと魔物を殴り倒しながら部屋を飛び出していったのだ。

その時は訳が分からなかったのだがどうやら骸に取られた綱吉の私物を探しに行っていたらしい。

術者は対象の身につけていたものさえあればその跡をどこまでも追っていけるのだそうだ。

彼自身、昔それをやられて散々苦労したらしい。

無事に綱吉の服とあの謎の袋を回収した獄寺は転移を使い、僕と綱吉も回収しあの屋敷を脱出したのだ。


「…にしても起きないね。生きてる?」

「人の体の事は分かりませんが多分寝て動かないことで脳が回復してるんです。
獄寺くんは若いし、あと1日か2日で起きれると思うんです。」

「ふうん…」


綱吉を見下ろす。

あいつの趣味か少年の西洋人形のような格好。似合うけどなんかムカつく。

襟元につく血が更にイライラする。


「…綱吉。」

「はい?」

「その服気に入ってるの?」

「へ?」

「ずっと着てるから。」


綱吉は突然何の話かという顔をしている。

僕を見上げる動作の途中で首の傷が見えた。まだ治ってなかったのか…


「俺服の替え無くて…いつもその場で調達するから。前のは破けているんで今はこれしか…」

「そう…」

「あ、でも獄寺くん起きたら出発前には変えようかと。これ上物過ぎて旅には不向きですし。」

「うん、ならいい。」

「?」


それ、あいつ思い出してイライラするからね。

綱吉の首に触れると傷が膿んでいるように見えた。


「それ、手当てしなくて大丈夫?」

「…ああ、これですか?大丈夫です。骸の邪気に汚染されただけですから。天界の実食べれば治りますよ。それに僅かですけ
上位の吸血鬼の血も摂取出来ましたし…」

「………………」

「雲雀さん?」

「血。」

「はい。あ、言ってませんでしたっけ?俺は上級の同族の血が主食なんです。人の血は…」

「じゃああれ本当なの。」

「はい?」

「ここベロベロ舐められてたじゃない。あんなこと本当にしたわけ。」

「!」


ぼん、と綱吉の顔が赤くなった。

……したんだ。

確かに牙の無い君が血を飲むなんて言ったらそれしか方法は無いよね。


「お子様のくせにあんなやらしいことしたんだ?」

「な!そんな言い方!大体こっちは生きるか死ぬかで…」

「美味しかった?」

「う……」

「どうなの、言いなよ。」


綱吉の頬は紅潮しっぱなしだ。面白くない。


「お、美味しいですよ…俺も吸血鬼だし…」

「ふ〜ん…どんな風に?」

「えと、上等の果実酒みたいで。くらくらするくらい…骸は皇位だからすっごく美味しかった…」


………………

ちょっとうっとりしてない?

何、その顔。ものすっごく面白くないんだけど。


「僕のは逃げたくせに…」

「はい?」

「僕の血は見て逃げたくせに。何その違い。」

「だから!人の血は、って!何すんですか!」


綱吉の後ろから腕を回して首を抱え込む。そして目の前に逆の腕を突きつける。


「はい。」

「…………雲雀さん?」

「何事も挑戦あるのみだよ。もしかすると美味しいかも知れないじゃない。」

「………へ?」

「好き嫌いはいけないよ、綱吉。」

「………雲雀さん、そういう趣味の人ですか。」

「まさか。むしろ茶目っ気サドっ気殺気たっぷりだよ。」

「最後のは控えてください!」

「ほらほら。あ、牙無いから噛めない?しょうがないな。」

「ひっ!?鉤トンファーはやめてえええ!!」

「あ、こら!」


腕をちょっと切って見せようとしたら脱兎の如く逃げ出す綱吉。

全く可愛くないね!僕の言うことが聞けないわけ?

僕はトンファーを持つとたったかと逃げていく獲物を捕まえるために部屋を飛び出した。


* * * *


誰もいない部屋。

ただ椅子の上に大きなテディベアがぽつんと座る。それを抱き上げて寝台に座った。

あの子の瞳と同じ瑪瑙色のぬいぐるみ。

毛足の長いそれを撫でる。


「どこに行ってしまったのでしょうか…」


茨の中で泣いていた子犬。

何故かその声に惹かれた。そして庇護したくなる弱々しい姿に、幼い仕草に、陰る瞳に夢中になった。

あの子は珍種だ。調べたい気持ちもある。しかしそれより単純にあの小さな吸血鬼が欲しい。

寄せられる信頼が心地よかった。そしてそれを裏切った時のあの子の痛みも。


「大事に、してあげるのに。」


どうやってか分からないがあの三人は忽然と姿を消してしまった。

探そうにも綱吉の所持品も一緒に無くなってしまっていた。獄寺の仕業か…

テディベアを持ち上げる。

あの子が抱えるとすっぽりと上半身が隠れてしまう。偶に、抱いて寝ていたのも知っている。

テディベアを抱き締めてみても暖かくはない。


あの子がいい。

あの子が欲しい。


こんなに望んだものは無い。

何百年と生きてきて欲しくなったのはあの子だけだ。

テディベアを椅子に戻し立ち上がる。


「迎えに行きましょう。どちらにしろ、今の僕にはあの男しか手掛かりはない…」


不吉な運命をもつ神孫。それを始末したら、あの子の為に鳥籠を用意しよう。

二度と逃げないように羽を切り落として。


* * * *


「くぅっ、雲雀さんってば人の話聞かないんだから…」


息切れが…ちょっと休憩。

町の外れにある大きな木。それによじ登って息をつく。

雲雀さんはしつこかった…まさか血を拒否したことを未だに根に持ってるとは…

聖血としてかなり傷ついたみたい。

でも俺は昔から人の血には興味無かったから舐めようと思ったこともないんだ。

しかも骸に無理矢理飲まされて分かったけど人の血は俺には毒になるらしい。尚更飲めないよ…


「ふああ…」


太い枝に横になる。

日は照ってるし…絶好の昼寝タイムだよな、今は。

…って普通、太陽とか嫌うもんだよなぁ、魔族なら。

俺って、つくづく変。


「………………」


一人になると思い出すのは骸のこと。

酷く怖かったのに、優しかった彼を忘れられない。

嘘でも純血の人に優しくされたのは初めてだったからかな…

暖かくて…吸血衝動が起こる前に出ていかなきゃいけないと分かっていたのについ引き留められるがままになってしまった。

あの春の日差しみたいな骸に会いたい。

でも怖い吸血鬼の骸には会いたくない。

死んでしまうかと思った。

血を吸われた時、絶望感しか湧かなかった。

あの恐怖を獄寺くんや被害にあった人たちは味わわされてるんだ。

思い出しただけで体が震える。


「そこまで怯えなくてもいいじゃない。」

「!?」


ひ、雲雀さんの声…しかも至近距離から…

ちょっと構えてキョロキョロしていたら座っていた枝のしたからひょこりと雲雀さんが顔を出す。


「!!」


ビックリして後ずさる。雲雀さんはひょいと枝に飛び上がるとそこにしゃがみ込んで口をへの字に曲げた。


「分かったよ、もう無理強いしないよ。」

「ほ、本当ですか。」

「君、変。ホントに変。僕の血はきっと最高だよ。勿体無い。誰も飲ませたこと無いけど。」

「…なんでそんな自信が有るんですか。」

「あいつより僕の血が不味いなんてあり得ないから。」


そこですか…

なんか気のせいかな…雲雀さん、骸に対抗意識持ってませんか。

言うと怖いから黙ってるけど。

そう思ってたらちょいちょいと指で近くに来るよう指示された。

なんですか…


「もうちょっとこっち。」

「はいはい。」

「綱吉、あれ見える?」

「あれって……うぎゃ!?」


上を指さされそちらを見上げたらガードがら空きの首にがっぷりと噛みつかれた。

何すんだ!!


「ひ…ひ、ひひひひ雲雀さん!?」

「その振動面白い。もう一回。」

「面白いではなく!!何してんですかぁ!!」

「君がやんないなら僕がやる。」

「なんで!」

「ムカつくから。これでおあいこね。」


な、何に対して「おあいこ」なのか…

痛くないけどガブガブやられていい気持ちはしない。ぞわぞわするよ!


「雲雀さん、いい加減に…」

「ん?ああそうか舐めるんだっけ。」

「いやいやいや!!」


もしかしてやっぱり骸に対抗してる!?

真面目な顔して何考えてるんだこの人!!

人に襲われる吸血鬼なんて、知られたら大恥だよっ!!


「ん、ちょっと届かないな。ボタン外すよ。」

「え、ちょっ、雲雀さん!!やめてやめて!!」


痴漢禁止はあなたの方だよ、雲雀さん!!!!


* * * *


…眠る時間が長くなってきてしまった。

こないだから数日は経っている。刻限が近い。


「よっと。」


ツナ、今はどこにいるやら…

あの聖血のやつを追っていくとか言ってたが…大丈夫かな、心配だ。

立ち上がると軽い目眩。

おいおい嘘だろ…まだ俺はいける。いや、いかなくてはならない。

確実に進行している症状。

久しぶりに混血であることを忌まわしく思う。


「…あの銀髪なら居場所知ってっかな。」


出来るだけ長く。いいや全ての時間をかけて一緒にいたい。

せめて。ツナが大人になるまでとは言わない。一人で生きていける力と精神を得るまでは見ていてやりたいんだ。

目眩はすぐに収まった。体も不調な所は無さそうだ。

行こう、すぐに。

俺は傍らに置いていた相棒を掴むと外に出た。

…昔から感はいい方だ。

ツナのその周囲で何かが起こる。そう俺の感が囁いている。

大事な親友で弟のように可愛いツナ。

たくさん傷ついたのを知っている。

全てを恨んだこともあっただろう。

それでも結局は大切なんだ、あいつにとって全てが。


「…まずは教会だな。」


日が照る道を歩き出す。

俺は俺と周りの人間の為に人で有り続けた。そしてもう人の寿命は尽きた。

今度は俺と親友の為に魔と人の混血であろう、そう決めた。

残り少ない時間はお前の為に。

魔にも人にもなりきれないツナ、お前の為に。








続く…





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