第十六話











来た。

やっと来た。

私の未来に、運命に、命に関わる人達。

何が変わるかは分からない。

行く先が例え途切れていても、私はきっと後悔しない。




* * * *


「お騒がせして申し訳ない。」

「いえ…」


深々と頭を下げる町長に俺はそう答えた。

雲雀さんはと言うと長椅子を占拠して素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。

獄寺くんは俺の隣でぐったりしている。

なんでも宿屋の前で集団に取り囲まれて拝み倒されたそうだ。

何を言っても興奮した人達は聞いてくれなくて町長が割って入るまで身動きが取れなかったらしい。


「なんなんですかあれ…」

「…この町、少し他と違うことに気付かれませんか?」


違う?

獄寺くんがああと声を上げた。


「そういや教会の十字架が見えなかったな。結構でけぇ町なのに。」

「そうなんです。」


少し余所より若い町長はそう言うと深い溜め息をついた。

教会が無いと言うことは神父もいないということだ。

教団の加護を受けていない町。そういう町は珍しい訳じゃない。

ただそういったところは大抵自衛手段があって、あまり大きくないのが特徴だ。小さな方が全体を守りやすい。

だけどこの町はかなり広い。かなり強力な守りがあるってことなのかな…?


「遠い昔は…あったのです、教会が。しかし教団の怒りを買い…」

「怒り?」

「…それは後程お話しましょう。
この町には強力な加護があったのです。それが教会の無くなったこの町を護っていてくれたのです。
しかしその恩恵をもたらしてくれていた存在が亡くなってしまい…」

「え、でも…」


町に入った途端魔物達は引いていった。

結界は生きてるってことは守り手がいるってことなんじゃ…


「加護はあるのです。ただ…」

「さっきあの群れから『巫女姫』がどうのとか聞こえたけど。その加護って巫女のことなんじゃないの?」


興味なさげだった雲雀さんがぽつりとそう言った。

うん、俺も聞いた。でも巫女姫って?

位の高い巫女にも姫なんてつかないけど…

町長が組んだ両手に額をつけ心底疲れたように息を吐き出した。


「そうなのです。その巫女こそがこの町の守りなのです。しかし代替わりしたばかりの彼女はまだ幼く…不安定な力は逆に高位の魔族に狙われるように…」

「…巫女なのに、ですか?」

「彼女は特殊なのです。今までは先代が彼女を隠していたのですがその力も無くなり…現在は町も巫女も危険に晒されているのです。
ですから町の者たちは挙って伝承を信じ…」

「その伝承っつうのはなんなんだ?俺を取り囲んだ奴らもしきりに繰り返してたが。」


獄寺くんは突っ伏していた顔を起こし町長に問う。


「伝承と言うほど古い言い伝えではないのですが…簡単に言うと『巫女の危機に新たな神の僕と聖なる者が訪れる』というような内容のものです。
あの魔物が現れるようになったこの時期にあなた方がここに来られた。偶然にしてもタイミングが良すぎました。」

「それであの騒ぎようか…」


獄寺くんは窓の方向を一瞥した。

町長の屋敷の前には町の人々が集まっている。獄寺くんと雲雀さんを一目見ようと押し掛けてきたらしい。

雲雀さんは長椅子から立ち上がると俺の隣に座る。話聞く気になったのかな?


「ねえ。「あの魔物」って何。」

「アポピスと呼ばれる古い時代よりこの地の底に住まう闇の蛇です。大分前に倒され眠りについていた筈が最近また目覚めてしまったらしく…」

「ふうん…強い?」

「は?」

「それ強いの?アポピスとかいう蛇。」


――始まった…

獄寺くんと俺は視線を合わせうなだれる。

すんごいキラキラしてる、雲雀さん…戦う気満々だ…

蛇とかってあんま相手にしたくないんだよ…あれ下手すると神として崇められてたりするからめちゃめちゃ強かったりするし…

でも困ってる人は放ってはおけないし…


「アポピスはその身が白かった頃、蛇神と崇められた時代もありまして…強さで言うならば一流ハンターでも歯が立たない筈です。」

「そう…ふふっ。」


………喜んでる〜……そんなの相手にしたくない…

と、視線を感じ背筋を伸ばす。町長が俺を真剣な目で見ている。


「巫女は神の加護を何故か持たぬ子です。15までの神の守りがなくこの町から逃がそうにも出すことも出来ません。」

「え…その巫女の子がいないと町を守る人が…」

「町は二の次です。それは皆承知しています。」


…どういうこと?

首を傾げていると町長は自分に言い聞かせるように呟く。


「奪われるわけにはいかない。あの子はこの町の…いえこの国の至宝なのですから。」

「至宝…」


扉をノックする音に町長が立ち上がった。

開いた扉から、不思議な懐かしい匂い。

これ…

カタン、と音がした。目を見開き立ち上がる獄寺くん。雲雀さんも驚いたような顔をしている。

町長は扉の外の人物と言葉を交わし頷くと小柄な人物を部屋に招き入れた。


「紹介しましょう。」


肩まで伸びた藍にも見える黒髪。

白すぎる肌、零れ落ちそうな大きな紫の瞳。

布で片目を塞がれた俺より小さな少女。


「この町の唯一の守り手、巫女の凪姫です。」








続く…





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