第十七話 「巫女姫、こちらは神父の獄寺氏。あちらの方が神の末裔であり聖血の雲雀氏。伝承の通り貴女を救いに来てくださったかた…」 「違う。」 凪姫は俺に歩み寄るとじぃと俺の顔を見る。真っ直ぐな目だからたじろいでしまう。 「貴方は神の使い?」 「違う、よ…」 「そう。」 凪姫は次に獄寺くんを見て雲雀さんを見る。無表情だから何を考えているのか分からない。 彼女は最後にまた俺の顔を見て淡い笑みを浮かべた。 「やっと来てくれた。私の――。」 「!!」 驚く俺の手の中に小さな手を滑り込ませた。 何か…石…? 凪姫は俺に何かを掴ませるとそのまま部屋から出ていこうとする。 「凪姫?」 「この人達は私を助けに来たんじゃない。」 最後に一度振り返り、露わな方の目で俺たちを見る。 信念の籠もった、力強い瞳だ。 「私と同じ。戦うために来たの。」 ぱたんと扉が閉まった。 不思議な子…巫女の中でも特殊な部類。 「失礼しました。少し変わった娘なもので…」 「いや。」 町長が本を取り出してまた何かの解説を始める。 でも俺は扉から目を離せないでいた。 あの子…何者?本当に巫女なの? 雲雀さんと同じ手付かずの原石の様な… 獄寺くんと同じ剥き出しの刃の様な… あの子は巫女なんて、大人しいものじゃない。 もっと、こう… それになんであんなに人じゃない気配が強いの…? * * * * …よく寝てる。 まだ日が傾いたばかりだけれど仕方ない。今日は疲れているはずだから。 あどけない顔で眠る綱吉の髪を撫でる。 こうしてるとこの子まだ幼児なんだってこと思い出す。 「…起こすなよ。沢田さん、お疲れなんだからな。」 「分かってるよ。」 いちいちうるさいな。 眠るこの子に触れると睨みつけてくる神父。 渋々綱吉から離れる。 でも相変わらず僕を見ている神父を睨み返す。 「何。」 「…お前…神孫じゃ、無いよな。」 「………」 その話か。 いつか聞かれると思っていたよ。 「どうだろう。分からない。」 「…分からないだ?」 獄寺が眉をしかめて訝しげにこちらを見る。 まあ、疑問に思うのも無理はない。 聖血は洗礼を受ける際に教会の人間によって見極められる。 神孫は天に授けられた使命を抱きこの世に産まれる。 そして大抵の者が使命を終えると用済みとばかりに天に「返される」。 要は「死」だ。 神孫は自覚を持って産まれてくるし、周囲も何らかの先触れを受ける。 しかし 「僕には使命は何も無かった。何も命令は受けていない。」 「それなら神孫じゃね…」 「言ったろう。『命令は』受けなかった。」 「?」 「『縛るものは何も無し。仕える主も今は無し。現を彷徨え。追放者の如く。神が生きる限りお前に安息の地は無し。』」 「!!」 「産まれた時からずっと頭に染み付いて離れない言葉さ。 そして僕の周囲の者が受けた先触れは『縛るな』という言葉で最後が必ず締めくくられたらしい。 神孫かどうか…教壇も判断に悩んでいるらしい。この年までなにも特殊な力は…」 ……………いや、あったな。 「なんだ?」 「…あの変態吸血鬼の屋敷で…綱吉追い掛けてた時何もしてないのにドアノブとその周囲が粉々に砕けたことが…」 「……それ、どっちの力だ。」 聖血と神孫。 そう言われても分からないな…どっちだったのか… 「ん…」 …珍しい。一度寝ると朝まで起きない綱吉が目を擦りながら起き上がる。 獄寺は直ぐに立ち上がると荷物から柘榴の果汁を詰めた瓶を取り出しグラスに注ぐ。 「どうしたのさ、珍しいね。こんな時間に起きるなんて。」 「ん…なんか…ざわざわして良くない気配が…」 「沢田さん、どうぞ。」 「ありがとう。」 差し出されたグラスを受け取り中身を飲み干す。 これが当分の綱吉の食事だ。骸の血の効力は絶大でしばらくは天界の実を食べずとも平気でいられるのだそうだ。 あー…、思い出したらまたムカついてきた。 「蛇がいるんですか?」 「うん…なんか大きなのが地面の下を這いずり回ってる…皇位ほどじゃないけど…最高位って言うのかな。とにかく別格なのだよ。」 「アポピスは新月の夜に現れると言っていたけどそれまで待たないといけないのかな?」 「いいえ。今日の夜に来る。」 「「「!!」」」 振り返るといつの間に入ってきたのか隻眼の巫女がそこにいた。 「凪姫…」 「凪。姫はいらない。父様が呼んでいたのをみんなが真似してるだけだから。」 「あ、うん。分かった。」 「…何の用だ。」 獄寺は眉間に皺を寄せて巫女を睨む。 …元々人相も態度も不良だけどえらく敵意を剥き出しにしてるね。 巫女はそんなことお構いなしに獄寺に近付いていく。 「貴方、人間?」 「…………てめぇこそ人間なのかよ。」 「半分。」 巫女は綱吉を見てまた獄寺に向き直る。 「…親子?」 「違ぇ!!なんでそうなる!」 「だって同じ…」 「沢田さんに失礼だろ!!」 「駄目!獄寺くん、相手は女の子だよ!!」 獄寺が巫女に食ってかかると綱吉が慌てて止めに入る。 巫女はきょとんとした顔で今度は僕を見た。 「………………貴方、変。」 「君に言われたくないよ。」 怒る気も起きない。この娘思ったこと全部口に出さないと気が済まないわけ? 「神様に一番近いのに全然匂いがしない。貴方何者?」 「さあね。僕が聞きたいよ。」 彼女は何故か小さく笑うと獄寺に組み付いている綱吉に向かう。 「貴方が吸血鬼の赤ちゃん。」 「!」 「父様が言ってた。使いじゃない人がそうだって。本当、大きいけど可愛い。」 綱吉の頬がみるみる赤くなる。 巣穴に逃げ込む小動物の様に獄寺の背後に隠れてしまった。 「さ、沢田さん?」 「………………」 …そこ、気に入ったの? 僕の方が隠れる面積広いと思うんだけど。 なんかイライラする… 骸じゃないのに。なんでだろう? 続く… |