第十九話






「食らえ!!」


神父の光銃から青い光がいくつも打ち出される。

それは意志を持つかのように回転しながら何度も蛇の体を斬りつける。

しかし傷は一瞬で修復してしまう。


「沈めっ!」


大蛇の頭上高く飛び上がりトンファーを全体重をかけ突き下ろす。

しかし蛇は嘲るかのように牙を見せて笑うと胴を持って僕らを打ち払う。

ギリギリで体勢を変えそれを避ける。しかしそれが隙になった。


「「っ!!」」


蛇が大口を開ける。黒い光線が発射された。直撃する――!!

しかし赤い膜が煌めき僕を包む。


「綱吉の…」


何時の間に…

横に飛び光線を抜ける。

トンファーの棘を出しその勢いのまま目の前の蛇体を切り裂く。

しかしやはり数秒で回復してしまう。

ふん…ドラゴンよりは手強いみたいだね。面白い。

鉤を出しもう一度胴を抉る。今度は少し修繕に時間がかかった。

そして微かに痕が残ったのも見逃さない。


「へぇ…」


なるほど…ね。

僕は飛び回る青い光を横目で見、口角を吊り上げた。


* * * *


「ンの野郎!!」


危ね…膜のお陰で助かったが…

光の剣でアポピスに切りかかる。でも全然効いてねぇ…!!

すぐに治ってしまうのだ。ったく神話のヒドラかってんだ!!


『ほう、あれを受けても無事でいられるか。面白い童どもだ。ますます食いでがあると言うもの。』

「は!俺じゃ蛇神サマの口には合わねーよっ!!」


光弾を蛇の黄色い眼に向け打つ。至近距離だったから流石に効いたようだ。少し頭が仰け反る。

その隙に剣を伸ばし奴の腹を縦に切り裂く。鱗が無い分深く刃が刺さる。

…少し傷が治るのが遅くなった。深く傷つければ僅かだがダメージに繋がるのか。

突っ込んできた頭を避け腹に直接銃を突きつける。

二発、炎弾を打ち込む。弾は背を突き抜け黒い体液が飛び散った。


『グギャアアアアアアア!!!!』


蛇が余裕の表情を崩し叫ぶ。

効果あり、か?

しかし喜ぶ間も無く怒りにぎらつく目をした蛇が大口を開けて襲いかかってきた。


「っと!!」

『童っぱ!!舐めた真似を!!』


舐めてたのはてめぇだろうが!!

宙で体を捻りアポピスの鼻先を切りつける。傷が塞がる前にまた炎弾を5発お見舞いしてやる。

傷は治りはするものの剥がれた鱗はそのままだ。

しかし効果があるとはいえ。


「くっそ…地道な攻撃だな…これしか手はねぇのか…」


俺の銃は魔力と気力が続く限り弾が途切れることはない。

気力は尽きねぇ。言い切れる。

しかし魔力は俺自身が自分の限界値を知らないのだ。

俺とこいつ、どちらが先に倒れるか。


「…やるしかねーだろ。」


* * * *


「lord、見て!!」

「!!」


凪のつけた傷が…塞がってる!?あれだけズタズタにされていたのに!!


「治癒は皇位と同レベルか…!くっ!!」


しかし傷は塞がってはいるが肉が盛り上がり完全に無傷とはいかないようだ。

俺はスピードを上げ丘の上を目指す。本気を出せば吸血鬼の速度に追いつける者はそういない。

丘の裏手は案の定、崖になっていた。

小高いそこに凪を降ろし後ろを見る。蛇の尾がズルズルと地を這う。

アポピスの尾は目があるわけじゃない。凪の強い気配と俺の聖属性を頼りに襲いかかっていたのだろう。今はそれを察知出来
くなりああやって探しているのだ。

かくりと膝の力が抜けた。その場に倒れる。


「lord…」

「大丈夫、ちょっと、疲れただけ…」


息があがる。

いつも自分を守るだけだったから一度にこんなに力を使ったのは初めてだ。

息が整うのを待って体を起こした。

…これくらいでガクガクするな、膝。まだこれからなんだから。


「凪、槍を見せて。」

「いいよ。」


手渡されたそれ。つかんだ瞬間、ぞくりと項に不快感が走る。

間違いない、これは天界のものだ。でもそれをどうして凪が…

三つ叉の穂先は今は何の気も纏っていないがさっきは迸るような神気が発生していた。

天界は争いを禁じられていると聞く。だが戦闘を主とする存在がいないわけではない。

この武器はそういった存在が持つものに違いない。凶々しさは無いが多くの血を吸ってきた、そんな重さがある。


「うん、これなら多分いけるはず。」

「…どうするの?」

「作戦は、ある。ただ凪がこれに引きずられず戦えるか…」

「やる。」


ぐ、と唇を噛み締めてこくりと頷く凪。

確固たる意志。負けず嫌いなのかもね。


「分かった。じゃあ――」



* * * *



切っては撃ち込み、撃ち込んでは切り…キリがねぇ!!

しかし確実にダメージは蓄積している。蛇の目に余裕の光は無い。


ズドッ!!


「どわっ!?」


いきなり蛇の体を突き抜け青い…ってこれ俺の撃った蒼光じゃねぇか!!

なんでアポピスの体から…まさか突き抜けて?そんな威力は…


ズボッ!ズドッ!ズドドッ!!


「でぇっ!?」


蛇の巨体を突き抜け蒼光が飛び出る。

危ねぇ!!この無茶苦茶な攻撃、覚えあるぞ…


「わお、いたの。」

「やっぱてめぇか!!!!」


ひょいと蛇の体を乗り越えて現れた雲雀。

こいつ、俺をどさくさに紛れて葬ろうとしてんじゃねぇだろうな…

雲雀は睨む俺に構わず飛び上がるとトンファーを構え横に回転しながら蒼光を遠心力で打ち出す。

……この野郎、それはそうやって使うもんじゃねぇんだぞ…


「てめぇな!!」

「来るよ。」

「!」


蛇の頭が間近に迫る。

ちっ!!

俺は蛇の頭の上まで飛び上がった。そうして一点、蛇の目に意識を集中させ叫ぶ。


「…行け!」


俺が命じると蒼光がジグザグと飛びながら蛇の左目に向かっていく。

光はお互いが触れ合うと爆発した。

遠隔弾。一人で戦う時に重宝している技だ。


『ぐわあああああ!!!!!!』


蒼光はエネルギーが尽き消えるまで俺の意志に従う。

立て続けに目を攻撃されアポピスはのた打ち苦しむ。

俺は蛇の頭に着地すると大口を開けて苦しむアポピスの喉に光銃の照準を合わせた。


「……果てな、蛇野郎。」


* * * *


それまでただ浮遊していた青い光が突然、ジグザグと飛びながら蛇の頭に向かっていく。

成る程。遠隔操作可能なんだ。


「面白い。」


まだまだいろいろ隠してそうだね、あの神父。今度戦ってみたいな。

僕は口角がつり上がるのを感じながら蛇の胴に向き直る。

だらだらと黒い体液が流れ出ている。何度も同じ箇所を狙って光を打ち込んでいたから治る力が低迷しているね。

切っても撃っても突いても治るなら。


「切り離したらどうなるのかね…」


ジャラジャラと玉鎖を出す。円盤の刃の様にトンファーを回転させ空に飛び上がる。

狙うのは体液の滲む箇所。

腕を振り下ろす。肉の切れる感触と吹き上がるような大量の体液。

…また血だらけになるな。

少し呑気にそんな事を考えた。再び飛び上がり逆の腕も振り下ろす。

固い。骨に当たったか。

切り離された傷は治癒が追い付かないのか、治る事を諦めたか赤い肉を晒したままだ。

好都合。次で骨も絶つ。

僕はそれまで以上の高さに跳躍すると両腕を振りかぶった。


* * * *


一つ、分かったことがある。

あのアポピスは頭と尾が別々の意志をもつらしい。

多分、これは俺の予想だけどあれは一匹で雌雄なんだ。

だっておかしいじゃないか。頭は凪を欲しがっていたのに尾は明らかな殺意をもって襲いかかってきた。


「…こっちだ、アポピス。」


ピクリと這いずっていた尾が反応した。俺の気配を察知したみたいだ。

ずりずりと這いずる黒いそれ。先が刃物の様に鋭い。

…毒とかあるんだろうな。多分触れられればひとたまりもない。

ぐわ、と尾が持ち上がる。

来る!


「っ!!」


地を転がり刃を避ける。全身の筋肉を使い跳ね起きると走り出す。

今度は逃がすまいと追ってくる尾。こちらも撒く気はない。むしろ着いてきて貰わなくては。

如意袋から大振りのナイフを取り出す。聖化されてはいないが特殊なナイフだ。

それで水晶水の瓶を叩き割り蛇の尾に突き刺す。水を被った刃は僅かに聖の気を帯びる。効果はある筈。

ビクリと尾が震えた。


「っと!!」


それまで以上の勢いで蛇の尾が迫る。上体を逸らしてそれを避ける。

怒ったみたいだ。よしよし。

後はただひたすら逃げる。勿論、アポピスが追ってこれる速度で。

崖下まで走りそこで後ろを振り返る。尾がすぐ側まで迫っていた。

背後は岩壁。俺に逃げ場はない。

尾が振り上げられた。


「解封!」

『!!』


俺が叫ぶと同時にナイフが変化する。

俺の身の丈ほどもある剣。伸びた刀身が地に深く刺さり尾を縫い止める。

重くてずっと使え無かったんだけど…物は使いようだね。


「凪!!」


崖上から小柄な影が飛び出す。

白い服をはためかせ降下する姿は神話に登場する戦士のようだ。


「はああっ!!」


槍を振りかぶり金色の光を放つ凪。

落下速度が増すのに合わせ光は大きくなる。


ズドンッ!!!!


死に神の鎌のような光がアポピスの体を真っ二つにする。

切り取られた尾がビチビチとのた打つ。だがそれも直に動かなくなった。


「……」


ほう、と息を吐き出す。

なんとか…うまくいったみたい。


「っ…」

「凪!」

「大丈夫…」


力が抜けたのか凪が崩れるように座り込んだ。初めてであんなに力を放出したんだから無理もない。

凪と顔を見合わせる。

どちらからともなく笑い合った。








続く…





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