第二十話 「!」 今、何か光った? 僕はトンファーに付いた血を振り払い立ち上がった。 皮一枚で繋がる蛇の胴は動く気配は無い。 不思議なことにあれだけ血が飛び散ったというのに服にも髪にも一滴もかからなかった。膜のお陰かな? 見れば蛇の体の断面からじわじわと灰化していく。流石に大きいからすぐには消えないようだ。 「あっちは…綱吉、かな…」 あの娘と一緒にいるとなると…戦闘に巻き込まれていた筈。 「おい!なんか今光ったか?」 振り返ると服がかなりズタボロになった神父。 頭と戦ってたのは知ってるけど何やったらそんなになるんだい? 「あの巫女の子じゃない?」 「沢田さんもあいつといるんじゃねぇのか。」 「多分…」 僕らはどちらからともなく走り出していた。 膜がまだ残っている気配を感じるから綱吉が無事なのは分かっていた。しかし目で確認しなければ安心は出来ない。 「頭はどうしたの。」 「潰してきた。急に動きが悪くなったと思ったらお前かよ。」 「輪切りにしてやろうかと思ったんだけど不味そうだからやめた。」 「まず…」 何を想像したのか神父が青い顔で口を覆う。 何考えてるの、物の例えだよ。本当に食べるわけないだろ、気色悪い。 「綱吉!」 「あ、雲雀さん。」 切り取られた10m程の蛇の尾。 崖に寄りかかって昏々と眠る巫女。 蛇の尾に突き刺さった大剣を引き抜こうとなんか頑張ってる綱吉。 これは、どういう状況なんだろうか。 「…これやったの、君?」 「いえ、凪が。」 「その剣は…」 「あ、これ?俺のだよ。いや、抜けなくてさ。抜いてくれない?」 「へ?あ、はい。」 1.6mはある幅広の剣を獄寺は悪戦苦闘しながらなんとか引き抜いた。 その途端、大剣はしゅるりと縮み大振りのナイフになる。…便利だな、それ。 「そいつなんで寝てんですか。」 「疲れちゃったんだよ。頑張ったからね。二人とも頭の方は…」 「大丈夫、胴体ぶっちぎって頭も潰したらしいから。」 「なら良かっ…」 ざわり、と全身の毛が総毛立つような風。 …なんだ? 綱吉と神父も感じたようだ。しきりに辺りを見回している。 「なんか、嫌だ…ここ…」 「急に空気が変わった…ここから離れた方がいい。」 「じゃあ凪…」 「俺が連れていきます。沢田さんもフラフラじゃないですか。」 「そういうこと。」 「わっ!」 僕は肩の上に綱吉を後ろ向きに担ぎ上げる。ちょっと疲れてたけどこの子10kgも無いからね。余裕だ。 それにこの子なんとか持ちこたえてるけど何時もは寝てる時間だ。体温高いし。 巫女に昼間言われたこと気にしてるのかもね。でも実際に幼児なんだから無理するだけ無駄だ。 アポピスはもう半分は灰になっていた。 しかしざわざわとした不穏な空気に変わりはない。 ――早く離れよう。 「走るよ。」 「あ、まだ…」 「神父なら直ぐに追いつくさ。行くよ。」 ここに居てはいけない。嫌な予感がする。 荒野を駆けながら増す悪寒に冷や汗が伝う。 視界を遮る黒い靄。始めは蛇の灰かと思っていたけれど…違う。 どこから噴き出している…?これは良くないものだ。それだけは分かる。 「!?」 アポピスの穴。 それが目の前に広がっていた。 何故?町に向かっていた筈なのに…逆方向に走っていたのか? 「雲雀さん…」 「何。」 「あれ…」 後ろを振り返った。 「!?」 蛇の尾。 それがそこにある。遥か後方にあったはずの尾。 ヌラリとそれがくねる。 「!!」 「なんで…!?」 ズルズルと尾が迫る。囲うように這いずってくる。 背後には巣穴。逃げ場は無い。 尾がうねり勢いよく先の刃を突き込んできた。 「「!!」」 足場が崩れた。落ちる――!! * * * * 「…あれ…」 沢田さんと雲雀が…さっきまで先を走っていた筈なのに… 靄で見失ったか? 「ん…」 「ん?起きたのか。」 背中でもぞもぞと動く気配。降ろしてやるとナギはあたりを見回し表情を険しくした。 「まだ、生きてる。」 「何言ってんだ。頭は潰して」 「違う!」 ナギが槍を回しトンと地を突いた。途端に晴れる靄。 荒野と灰化の進んだ蛇の巨体が露わになる。 しかしナギが指差す先にさっきまであった尾の先は無い。 「ほら、しっぽが無い。」 「何処に…」 「あれは始めからlordを狙ってた…追っていったのかもしれない。」 「なんで尾がんなこと出来るんだ!?」 「lordが言ってたの。アポピスは頭と尾で別々の意志があるって。頭が雄で尾が雌なんだって。」 それなら…くそ、あいつ死んだフリをして剣が引き抜かれるのを待っていたのか!! 「何処に行ったか分かるか!?」 「巣穴に…でも駄目!あなたじゃあそこには入れない!!」 走り出そうとした俺をナギが引き止める。 ならどうしろってんだ!! バサッ…バサ… 「!」 * * * * 「あああああ!!」 落ちてる…!?こんな底の無い穴に!? 「騒がないで綱吉、うるさい。」 「なんでそんな冷静何ですか!!!!…っ!?」 ごそごそと如意袋を漁られた。 取り出したのはさっきまでアポピスを貫いていた魔剣のナイフ。 「変われ。」 「!」 雲雀さんの言葉にナイフが姿を変える。 解呪の言葉じゃない…いやそれ以前に魔剣なのに!!人の言うことを…!? 雲雀さんは剣を片手で軽々と振り上げ壁に突き立てた。 そのまま数m落ちたけどスピードが緩まって…やがて止まった。 「ふう…」 「……」 凄い。 雲雀さんは片腕でぶら下がった状態から壁を蹴り、振り子のように体を揺らす。 そしてその反動を利用して幅広い刃の上に飛び乗った。勿論俺を抱えたまま。 「さて、これはどういう状況かな。」 何事も無かったかのように服の埃をはたいている雲雀さん。 …この人本当に人間なんだろうか。俺騙されてない…? ああ、いけない…骸の件以来どうも疑り深くなってるよ… 「あの尾、まだ生きてたんだ…頭と一緒に潰さなきゃいけなかったんだ。」 「?」 俺は凪にした説明を雲雀さんにも話して聞かせた。 「ふ〜ん。で?残った余力で僕らを殺そうと穴に突き落としたと。」 「そこまでは分かりませんが。」 「そんなことしないわよ、勿体無い。」 「「!」」 上を見上げると黒のドレスを着た若い女の人。 宙に浮いてる…まず間違い無く魔族だな… 彼女は雲雀さんと俺をジロジロと見回し溜め息をついた。 「本当はこっちの子より銀髪の子の方が好みなのよねぇ…でも仕方ない、か。」 ……!! 違う、宙に浮いてるんじゃない!!下半身が蛇…こいつ、アポピスだ!! 「綱吉、あの蛇女…」 「アポピスです。頭が無くなって表に出てこれるようになったんです。」 こんなところじゃさしもの雲雀さんも足場が悪くて戦えない。 それにここ、障気に満ちてる…人が下手に動けば毒にあてられる… 「聖血なんてご馳走、久しぶりよ。その子食べたら傷も忽ち治るわね。」 「させない!」 「威勢がいいわね。でもその前に…」 ぐん、と体が引っ張られた。いつの間にか腰に腕程の太さの蛇の尾が巻き付いていた。 「ああ!」 「綱吉!」 抵抗する間も無い。あっと言う間にアポピスの元まで引き上げられた。 「ふふっ。あなたは後であの方に捧げなくちゃいけないからここにいなさいな。」 「あの、方…?」 「あなたのご主人様でしょう、骸様のパピィちゃん?」 「!!」 「可愛がってた子犬が逃げ出したって…いけない子ね。骸様が自らあなたを探しているのよ。」 骸が…俺を…? 優しい顔と冷たい顔が浮かぶ。そして血を吸われた時の恐怖も。 嫌だ、会いたくない…怖い…! 「やだ、離せっ!!」 「駄目よ。私を刺したお仕置きもしなくちゃね…」 アポピスは愉快そうに雲雀さんを見やる。 「そうね…私があの子を食べるところ、そこで見ているといいわ。それが終わったらあの小娘と銀髪の子…うふふ、パピィちゃんは泣いちゃうかしら。」 「やめ…!!」 クスクスと笑いながらアポピスが雲雀さんに向かっていく。 雲雀さんはトンファーを構えて戦う気満々だけど…その足場では…!! 「雲雀さん!!」 バサッ… 羽音…鳥…? すぐ後ろでした音と気配に振り返る。 「!」 『……滅せよ』 雷のような光がアポピスを貫く。 凄まじい叫びをあげて蛇体が仰け反ると一瞬で灰に変わる。 「あ……!」 アポピスの体が消えると同時に俺を支えていた尾もきえる。 落ちかけた俺を彼が片腕で抱える。 背にある大きな猛禽類を思わせる翼。仄かに発光する体。銀の髪から覗く黄金の瞳。 彼なのに…別人のような… 俺は恐る恐る確認するように口を開いた。 「ごく…でらくん…?」 『否』 凍てついた表情が少し優しく緩む。 『少し体を借りている…初めましてと言うべきか、魔の子。』 「貴方は…誰だ。」 『小姫が世話になった。』 小姫?まさか… 「凪の…お父さん…?」 『ああ。』 背に生えた翼。滲み出る神気。ドラゴンとは違う澄んだ金の瞳。 天界に属す者の証の色。 嘘…凪の父親って… 「…………天使?」 続く… |