第二十一話 『その通り。』 笑うと凄い優しい顔。天使としてじゃない、父としての顔だ。 「どうして現世に」 『話は後にしよう。まずはここを出る。』 「あ、待って!」 飛び立とうとする天使を引き留める。 雲雀さんも…あれ? 振り返ると剣ごと雲雀さんが居なくなってる… まさか落ち…っ!! 「触らないでくれる?」 「ふえ?」 ぐいと腰を掴まれ引かれる。背中から抱き締められる形。上を向くと雲雀さんだった。 「この子抱っこしていいのは僕だけだよ。」 『ふ…そうか、それはすまなかった。』 「ひ、雲雀さん…」 「何。」 なんで宙浮いてんの、この人!? 口をパクパクさせてたら下を指さされた。 「?」 雲雀さんは宙に浮いていたわけじゃなかった。 伸縮自在の魔剣、それに乗っていた。 知らなかった…飛べるんだこの剣… * * * * 「あ、起きた。」 「…起きたじゃねぇ…」 くそ…頭痛ぇ… ん…?仮宿の町長の家…? なんで俺ここにいんだ?荒野に居たはず… 「獄寺くん、大丈夫?」 「なんとか…」 『頑丈な奴だな。私を宿してまだ動けるとは。』 「〜!!!!」 この声は!!!! 俺は飛び起きると声の主を鷲掴もうと腕を伸ばす。 しかし奴の方が早かった。ぱっとナギの肩から飛び立つとこちらに背を向けている雲雀の肩に降り立つ。 『何をするのだ、獄寺隼人。』 「てめぇ!!人の体乗っ取っておいて言うことはそれだけか!!」 『仕方がないだろう。これで力を使えばこの鳥に負担がかかる。』 「俺にかかってんだろ、俺に!!」 偉そうに雲雀の肩に乗る猛禽類に怒鳴りかかる。 こいつ…涼しい顔しやがって… 天使だかなんだか知らないがいきなり頭突きしてきたかと思えば!! 「落ち着いて、獄寺くん。天界の人に何言っても多分無駄だから…」 「うん、父様人の話聞かないから言っても無駄。母様も言ってた。」 「本当に聞いてないから無駄以外の何物でもないよ。」 「…………」 つくつくと羽繕いしてやがる… 散々な言われようだがマジで聞いてねぇ… 怒るのも馬鹿らしくなった俺は寝かされて いたベッドから降りた。 ちょっとふらつくが空間移動ほどじゃねーな… 「本当に大丈夫?」 「寝れば治りますよ。大丈夫です。それより…」 ナギを見るとこくりと頷く。 こいつには…いやその鳥もだが聞きたいことがある。 「おい、天使!さっき後で説明するっつってたろ。」 『分かっている。』 天使は雲雀の肩から飛び立つと食卓を囲う椅子の背に留まる。 ここに座れと言うことか? ナギが天使――純白の梟の隣に座る。続いてその向かいに雲雀が。沢田さんは梟の向かいに座り、その隣に俺も座る。 『何が聞きたい?』 「天界の方…」 『その呼び名はやめてくれ、魔の子。こそばゆい。 ああ、天使というのも止めてくれ。あまり下界では連呼されたくない。』 「でも…」 天界人は下界の存在の名を呼ぶ事は出来ない。 名を口にすれば人類、魔族どころか魔王にまで言霊が伝わり、その存在は天界の関係者として追い回される事になる。 死者であっても名を呼ばれればその天界人の力に引きよせられ、あの世から魂を引きずりだされ永遠に現世をさ迷うことになる。 そしてその逆、下界の存在が天界人の名を呼ぶ事も禁止されている。 これは天界人が堕ちる原因となるとされているからだ。 『そうだな、私の事は仮に…仮にクイーントとでも呼んでくれ。』 「クイーント…」 『ああ。』 梟は満足そうに目を細めた。 「ではクイーント、教えてください。凪はあなたの子だと聞いた。彼女は天使なのですか?」 『いいや。その子は人間だ。…半分だが。』 「まさか…」 「ハーフなの。母様が人間。」 沢田さんが驚いた顔で凪を見つめる。 俺も驚いた。 天使と人。力の差が歴然の種族の間には子は絶対に産まれないとされているはず… 『驚いているな』 「そりゃあな…」 『その子の母について語るには…まずこの町のことを話さなくてはならないな。』 「教団の怒りを買った…とかいう話だろ?」 『ああ。聖都より教皇より神に近しいが為に、な。』 「?」 「この町には昔から教団とは無関係に守護がいたの。彼らは天界人と交信する能力を持っていた。」 * * * * ある時その守護の一人が神託を受けた。 『この町に新たな神の剣が産まれる』と言う内容だった。 しかし神の剣とは教団と教皇に選びぬかれた大司祭の中の唯一の者に与えられる称号だ。 「神をも守護する実力を持つ者」という意味がある。 だからその預言の内容が教団は、そして当時の神の剣は気に入らなかった。 直ぐに預言を撤回するように命が下る。 しかし次に別の守護が違う神託を受けた。 その内容は未だに不明だがそれが教団の怒 りに火をつけた。 彼らは預言をした守護二人を異端者として処刑し、神を冒涜する町としてこの町にあった教会から十字架を没収した。 だが教団がいくら喚こうが天界人とこの町の交流は続いており、神託も確かに下された。 それから数年が経ち、町に比類なき力を秘めた子供が産まれた。 子供はやがて巫女となりこの町の守護となった。 彼女は特殊な体質で天界人と直に話し、触れることも出来た。 また長命でもあり、20代半ばの容姿を100年間保っていた。 * * * * 「その巫女っていうのがもしかして…」 「私の母様。3年前に死んでしまったけれど。」 凪が少し悲しそうに瞳を伏せた。 きっとお母さんが亡くなったの、10歳くらいの時だよね…まだまだ甘えたい時期だったろうに… 『…限界だったのだ。守護は彼女が最後の一人だった。長命だったのではない。 我々が理をねじ曲げ彼女を無理に生かした…我らの主の為に。そして私個人の為に。』 「勝手な理由だね。」 雲雀さんが冷たく言い放つ。 クイーントは小さく『そうだな』と呟いた。 「……なあ。」 それまで黙って何か考えていた獄寺くんが顔を上げてクイーントを見る。 「神の剣、もう一つの神託。原文をお前知ってるんじゃないのか?」 『…知っている。しかし言うことは出来ない。一つは小姫やお前の未来に関わる。一つは既に終えたことだ。』 「…つまり神の剣ってのは。」 クイーントが凪を見つめる。 人には無い神気。 天界人の槍。 扱いきれていない人ならざる強大な力。 凪を見やる。凪も俺を見ていた。 「神の剣って凪…?」 『我々の言う神の剣とは教団の言うものとは違う。主を守る為に戦うのではない。 剣は神の力を使い、独自に考え行動する。そして仕える者を自己で選ぶ。 新たな神の「剣」。それがこの子だ。 今までは巫女としてこの町の中で守ってきたが…お前たちが来た。』 「巫女の危機に神の僕と聖なる者が来る…あれは本当は神託の一部なの。 あなたたちが来た時が私がここを離れる時。私が世界に出るときになる。」 ―やっと来てくれた、私の運命― あれはそういう意味だったのか。 でも凪がいなくなってしまったらこの町は… 『心配いらない。私が守護する。』 「父様。」 『次の守護が産まれるまでだがな。この町は彼女と主が慈しんだ町だ。小姫の故郷でもある。守るさ。』 梟は翼を広げ飛び上がると俺の肩に降りた。 『それより、心配なのは小姫だ。私は戦を司る。槍の扱い方は叩き込んだ。 しかし如何せん知識ばかりで実戦経験があの子には無い。 アポピス戦も魔の子がいなければどうなっていたことか…』 確かになんだかまだ自分の力を制御出来ていない感じが… 『小姫はお前が気に入ったようだ。幼い吸血鬼。どうかあの子を頼む。』 「え!?あのっ……」 「父様、lordが困ってる。」 『ろーど…』 クイーントがまじまじと俺の顔を覗き込む。やがてふ、と笑う気配がした。 『そうか、小姫。これを選んだか。』 「うん、間違った?」 『いいや。流石は私の子だ。』 「あの、ろーどって…」 『いずれ分かる。』 クイーントは怪訝そうな俺にそう言った。 続く… |