第二十二話






上着を脱いで鏡の前に立ち、露わになった背を鏡に写す。

…なんとも無いな。

ここのところ夜になると背が疼くようになった。何が原因なのかは分からない。

カタンと小さな音がした。

窓辺に純白の梟が留まっていた。


「…上に戻ったんじゃ無かったのか。」


梟は小さく鳴くと窓辺から飛び立ち鏡台の端に降り立った。


「何か、用か。」

『聞きたいことがあるのだろう…?』


クイーントは丸い目を伏せてそう囁いた。


「…お前、どこまで知ってるんだ?」

『全て、とは言わない。』

「俺の問いに答える気はあるか。」

『答えられる範囲でならば。』


梟がバサリと翼を広げる。その姿が光に包まれた。眩しさに思わず目を閉じる。


「!」


目を開くと梟の代わりに一人の男が鏡台に腰掛けていた。

白色に近い、肩まで伸びた髪。額に刻まれた花のような紋。黄金の瞳。冷涼とした容。

…こいつがクイーントか…


『獄寺隼人。何が聞きたい。』

「…俺の名は口にするんだな。」

『お前の名は響かない。分かっているだろう、冥界に属する神の僕。』


なるほど。

その程度お見通しって訳か。


「なら教えろ。雲雀恭弥は神孫か?」

『YES。境界を持たず運命も無い。神を知らず主持たぬ『無』。何者にも束縛されず、限界も無い。
その代償に永遠に安住の地を得られぬ『彷徨』の神孫でもある。
使命が無い故に異端とも言えるか。』


やはり、雲雀は神孫か…

聖属性の吸血鬼、異端の神孫兼聖血、神の剣に蘇りの神父。

どう見ても変な団体だな、俺ら。


『魔族には呪われた神孫と呼ばれているそうだが。』

「呪われた…?」

『ああ。あれのことを『終焉を腕に抱く者』という預言者がいるのだ。』

「どういう意味だ…?」

『魔族の預言は我らの管轄ではない。そこまでは分からない。』


終焉…物事の終わり、死に際、だよな。

呪われた…だがディーノ達は逆に今すぐにでも呼び寄せたいといった風だった。教団、人は関係無い…

何か、魔族にのみ影響する『終焉』ってわけか…?

ってまさか…


「骸が探してる神孫ってのは…」

『そうだ。あの黒の神孫だ。まだ覚醒していない故、気付かれてはいないがな。』


嫌な感ほど良く当たる。

接触は極力避けないとな…

俺が自分の考えに夢中になっているとクイーントがつまらなそうに鏡台から立ち上がる。


『聞きたい事はそれだけか?』

「いや。まだある。」


むしろこちらが本題だ。

俺は光銃に変化する幅広の腕輪を外し、それに隠されていた肌の表面を見せる。


「これと…俺の体について、聞きたい。」

『…………』


クイーントが再び鏡台に腰をかけた。俺の問いに答えるために。


* * * *


「雲雀さん!!いい加減、魔剣返してくださいよっ!!」

「やだ。」


も〜!!あれ、山本に貰った大切なお守りなのに!!

そりゃ、俺じゃ使えないけど…

そして人間なのに使える雲雀さんがおかしいんだけど…!

雲雀さんは返す気はさらさら無いみたい…

ベルトに挟み込んでるし…


「これ気に入ったから僕のね。」

「理不尽だ…!!」

「lord、取り返す?」


すちゃ、と三つ叉の短剣を構え槍を具現化しようとする凪を慌てて止める。


「いやいやいや!!凪が戦ったら町一つ消えるから!!アポピスよりあの人のがよっぽど怪物だから!!」

「…言うようになったね、綱吉。」

「そりゃなりますよ…」


ごそごそと剣をしまう凪を見ながら俺は溜め息をついた。


アポピス戦から3日が過ぎた。

雲雀さん以外の全員があの後それぞれの理由で丸1日寝込んでしまったので――凪は過度の神気放出による疲労、獄寺くんはクイーントに根こそぎ奪われた体力回復。

俺は単なる睡眠不足――今日まで出発が延びてしまったのだった。

クイーントの宿る梟に後を託して町の人々に見送られながら今朝やっと出発することができた。目的地はやはり聖都。

凪は教団に奪われたもう一つの預言を取り返す為に守護の最期の地に向かわなくてはならないのだそうだ。

剣は諦めて先を行く獄寺くんに歩み寄る。

今日はなんだか不機嫌…?それとも体調が悪いのだろうか。町を出てから一言も話さない。


「…獄寺、くん?」

「!はい!何ですか、沢田さん。」


いつもの笑顔。でもなんかぎこちない…


「どこか具合悪い?」

「いえ…俺はあなたに救われてから病気になったことは…」

「でもなんだか顔色悪いよ?」


額に触れようとするとさりげない動作で獄寺くんが体を引いた。


「大丈夫です。心配しないでください」

「…うん。分かった。」


また先を歩き出す獄寺くん。

俺は差し出した方の手を握りしめた。

今、避けられた…?なんで…

ズキリと忘れかけていた心の傷が疼いた。


「綱吉、どうしたの。行くよ。」

「あ、はい!」


* * * *


「…どうだ?」

「居ますね、外に。出てこれたようだ。」

「そうか…」


良かった…

俺は長椅子に寝そべり全身の息を吐き出した。

恭弥達がアポピスの眠る地で行方知れずになったと聞いたときは生きた心地がしなかったからな…

白の騎士団専属の占者はくすくすと笑い持ち上げていた水晶の原石を膝に乗せた。


「団長、心配し過ぎですよ。気配が消えたのはただ単にあの町の結界内にいたからでしょう。」

「そうは言ってもな…」

「過保護な父親みたいですよ。」


そりゃなるだろ、破天荒なガキ共に唯でさえ正体不明の魔族がくっついてるんだからよ…

それに『夢』が何か危険を知らせようとしていたように感じた。


「ん…?」

「どうした?」


水晶をしまおうとしていた占者が訝しげにそれを持ち上げ中を覗き込んでいる。


「…話に聞いていた三人の気配の他にあと一つ。」

「何が映った。」

「銀灰色の光持つものが…これは一体何を表しているのか…」

「分からないのか?」

「はい。今まで見たことが無い気配です。」


銀灰色…「あれ」だろうか。

獄寺か雲雀かと思っていたが…

だがそれなら今まで見つからなかったのも分かる。

あの街は独自の守護を持っているし、結界で世界からその内部を隠している。


「ディーノ様、もしやこの者が…」

「確証は無いがその可能性はあるな。」


数年前から教団内を騒がせている次代への予兆。

それの中心ともなる人物。


「やっと来たか…『断崖の聖なる者』」








続く…





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