第十八話 「…本当に来るのか?」 「今日は曇りだから。月と太陽が空に無いときにアポピスは来る。」 …凄いな… 町から離れた荒野。その中心にある大きな穴から障気が漏れている。 直径は…大人の男の人が三人、両手を広げたくらい。底は見えない。 蛇神アポピスの巣穴ってとこかな。 覗き込んでいたら襟首を掴まれた。 「危ないでしょう。下がってて。」 「は〜い…」 「ってそういやお前、狙われてんだろう。ノコノコこんなとこ出て来ていいのかよ。」 「その為に来たの。」 「蛇狩りの餌ってとこだね。」 こくんと頷く凪に獄寺くんは呆れた顔を向ける。 「行動的な奴だな…巫女の癖に…」 「しかも戦う気満々だしね。」 ニコリと笑う彼女の手には身長を遥かに越える長さの三つ叉の槍。 ………どっかで見た気がしない?これ。 骸が使ってたのとそっくり…凶々しい気は全然しないけど。 「沢田さん…危ないですし町長の家で待っていても良かったんですよ?」 「そうはいかないよ…相手は曲がりなりにも神とまで呼ばれた魔族だ。戦いに集中するためにも補助は必要でしょう。」 それに言ってはなんだが人間の君達より俺の方が頑丈だ。 いざとなったら… ドォ……オォン…!! 「「「「!?」」」」 突然、地面が揺れた。激しい揺れだ。立っていられないくらい… 俺は地面に膝を突いて穴を見る。 漏れ出る障気が濃くなった気がする。只人には危険だ。 「…来る。」 凪が穴を見つめて呟く。 …何かが這い上がって来る。 ぞわりと背筋に嫌な汗が噴き出す。気持ち悪い… ずるりと穴から黒い大きな固まりが頭を出す。 黄玉の瞳孔がギラリと光を放つ。それが何かを探すように首を巡らす。 一瞬だけ視線がかち合う。全身が総毛立つ不快感。 ずるり、と塊が穴から体を出す。 蛇だ…黒い大きな。竜と見紛う程のでかさだ。 鎌首をもたげた蛇―アポピスは凪を見下ろし笑うようにシュルシュルと音をさせる。 『これはこれは…美味そうな貢ぎ物だな、ナギ。私のものになる気になったのか?』 「………絶対ヤ。」 嫌悪感を露わに槍を構える凪。 確かに綺麗な子だし将来傾国の美女になること間違いなしだけど… 蛇に目を付けられるなんて可哀想だ。 「貢ぎ物って僕らのこと?」 「こいつはともかくなんで俺までカウントされてるんだ…」 「美味しそうだからじゃない。良かったね。」 「……ありがとよ。」 「余裕ですね…二人共…」 この過大なプレッシャーを前にして… 強者過ぎるよ、この人達… ずるりと蛇が首をもたげる。 『では何をしに?会いに来たのか?』 「あなたを倒しに来たの。」 『ほう。』 愉快げに答える大蛇。 あの態度、完璧舐められてるね… アポピスは身をくねらせ穴から尾までを出すとじぃと俺たちを見下ろしニィと笑う。 『では遊ぼうか。狩りも偶には悪くない。』 「は!狩られるのは」 「てめぇの方だ!!」 獄寺くんと雲雀さんが同時に地を蹴る。 また、無謀な!! 俺は慌てて雲雀さんの周りに膜を張る。 純白の球体と赤い球体に覆われ蛇の頭へ向かっていく二人。向こう見ずなんだから… 「危ない!!」 凪の叫びと風をきって飛んでくる何かの音に空に飛び上がる。 立っていた場所に蛇の尾が振りおろされた。 抉れた地面。 あのままあそこにいたらと思うとぞっとする。 地に降り立つと庇うように凪が俺の前に出た。 「lordに手を出さないで!」 「ろーど…?」 槍を頭上で回転させると穂先を振り下ろす。 鎌にも似た光と衝撃波が起こり蛇の胴を切り裂く。光の刃はブーメランのように旋回しもう一度蛇を切り裂いた。 「はあっ!!」 襲い来る尾に向かい凪が槍を横に振り払うと光の鎌鼬が幾つも発生し大蛇の鱗を剥ぎ、肉を斬り黒い体液を撒き散らす。 蛇は一瞬怯んだように見えたが再び尾を振り上げ襲いかかってくる。 「凪!!」 がくりと膝をついて動かない凪を抱え上げ後ろに飛び退く。でもアポピスの方が早い…!! 「寄るな!!」 瞬間的に膜を物質化させ尾を弾く。 上級魔族にもこれは有効だけど長続きしないんだ! 何度も振り下ろされる尾を弾きながらの逃走は体力が…!! 「lord!」 「ぐっ…大丈夫!!それより凪、その槍は…」 「これは父様の武器だったの。必要になれば使うよう言われていたのだけれど…私には…!」 さっきの攻撃、魔力じゃなかった。 神気だ。人の扱える力じゃない。 どういう仕掛けはわからないけれどこの槍は一撃一撃が強大な代わりに使用者にもも相当の力を要求するようだ。 凪は確かに潜在する強い力を感じるけれど戦い慣れていないせいで消耗が激しい。 俺も今ちょっと辛くなってきたかも… 「降ろして!私は戦える!」 「そう言われても…」 止まない蛇の攻撃。止まればただじゃすまない。 「凪、もしかして戦うの初めて!?」 こくりと頷く気配。 「俺はね、こういう時に戦えないけれど場数は踏んでるんだ。君に協力出来ると思う。 でも今は駄目だ。隙を探すから今は大人しくしていて!」 「…………lordが、言うなら」 不満げにだが了解を示す少女に苦笑が漏れる。 この子、獄寺くんにちょっと似てる。 背後に視線を向ける。 小高い丘…あそこなら。 「飛ばすから舌噛まないでねっ!!」 続く… |