第二十四話 ああ…また来た。 これはこの間の続きだな。 重力も無く宙に浮く体。意のままに変わる景色。ここにあってやはり無い存在。 夢だ。 俺の聖血能力の一つである『夢』が何かを告げようとしている。 それは予知夢なんてものではないしまた未来を夢で見てるのでもない。 抽象的な真実を漠然と夢に見るのだ。 先のこと、過去、現在。時系列は関係なく。 砂糖のような白い砂漠が延々と広がっている。暑くもなく寒くもない世界。 俺はその砂の上を引き寄せられるように飛んでいく。 白一色の世界に黒い点が見えた。 ――あれだな。 おれはそれに近づくと静かに地に降り立つ。 黒い点の正体は鳥だった。伝説の不死鳥のような姿をしたぬばたま色の大きな鳥。立てば俺の身長ぐらいはありそうだ。 そいつは長い尾羽と体全体で赤い宝石のような球を囲み眠っている。 俺は鳥に近づきその赤い球に触れた。 暖かい。 「…卵…か?」 よく見ると透けている…?赤い球の中に何か… 中をのぞき込もうとするとバサリと風が起こる。顔を上げれば目を覚ました鳥。 鋭い瞳がこちらを睨む。体と同じ黒…いや、光により赤くもなる。 鳥が威嚇するように翼を広げた。 「!」 見慣れた天井。自室だ。目が覚めたらしい。 汗で顔に張り付く髪を払い起き上がる。 「お目覚めですか、団長。」 「ああ。」 「『夢』は…」 「見た。だが意味がよく分かんねぇ。」 白い砂漠。 黒い不死鳥。 赤い宝珠。 前回と違うことは珠の中に何かあることと鳥が目を覚ましたことだ。 「あの鳥、目が赤かったな…」 「魔族…と言うことですか?」 「いや。」 下等魔族は瞳が赤い。しかし血のような…どう言えばいいか…そう、安いルビーのような赤さだ。 しかしあの鳥の目は…ワイン、いやガーネット、と言ったところか。あの深い色の瞳はまさにあの石そのものだった。 「あと少し先を見れれば何か分かりそうなんだが…」 ここまで分かりにくい『夢』は初めてだ。 あの鳥が起きなければもう少しで球を覗けたと言うのに…!! そういえば、あの鳥。なんだかあの破天荒コンビの片割れを彷彿とさせたな。 全く連中はどこで何をしているのか… * * * * 「ん…ひばりさ…?」 「まだ寝てるといい。」 ぽんぽんと頭を叩くと綱吉はまた瞼を閉じる。 顔色が悪い。骸に大量に血を奪われたせいか。 獄寺が苛立たしげに髪をかきむしっている。 「くそ…居場所がバレてるとは思わなかったぜ…」 「アポピスの体液の臭いだな…それを追って来たんだ。」 「今すぐ移動するか…」 「それがいい。」 神父がジトリとした目を刀の半魔に向ける。 「…で。なんでてめぇがここにいんだ。」 「ん?ツナが心配だから会いに来たんだぜ?半人前とはいえ神父いるから平気かとは思ってたんだけどな。」 「誰が半人前だ…」 「や〜、やっぱ厄介事に巻き込まれてるとは。仕方ねぇけどな、ツナなら。」 「は?」 「で、半神父。」 「半じゃねぇ、半じゃ!馬鹿にしてんのか!!」 「だって俺お前の名前知らねーし。」 「獄寺だ!獄寺隼人!!」 「俺、山本武な。あれ、前言ったか?」 あはははと笑うのっぽの半魔に神父が食ってかかる。 人見知りが激しいのかあの神父、会う人間全部にああいう反応してる気がする。 扉が開く。桶を持った巫女が入ってきた。 「lordの体起こして。手当てするから。」 「これでいいかい?」 「うん。」 綱吉の頭の後ろに腕を回し体を起こす。首に痛々しい骸の牙の痕がくっきりと残っている。 巫女は傷口を桶の水で洗うと小瓶の蓋を開けた。 「それ綱吉の…」 「そう、水晶水。聖水はいくらlordでも耐えられないかも知れないから…」 小瓶の水晶水で傷口を洗い流すとじゅわりと音を立て黒い煙のようなものが立ち上る。 綱吉の皮膚が焼けたのかと思ったが骸の邪気が浄化されただけだった。 薬を軽く塗り、柔らかい布をあてる。随分手慣れてるな… 包帯を巻きながら間に小さな十字架を挟み込む。護符で邪気が籠もらないようにするらしい。 「終わり。もう寝かせていい…」 「慣れてるなぁ、あんた。」 「父様の修行、厳しかったから。」 そういえば初めて会ったとき全身包帯だらけだった。蛇との戦いでああなったのかと思ってたけど。 しかしあの天使、ちょっと子煩悩っぽかった。眼帯するほどの怪我をさせるとは思えないんだけどなぁ。 「おい、山本!てめ、話の途中で脇に逸れんな!」 「あ、ワリワリ。何話してたっけ?」 「忘れんなよ!ジジィかてめぇは!魔王の話だろ!」 「ああ、それそれ。」 半魔――山本武は椅子に座ると笑いを収め真面目な顔で話し始めた。 「今、面倒な事が起こっててな。ツナの為にもお前ら自身の為にも知っといて貰わないと困るんだわ。」 「…なんだよ。」 「ん〜……どう話せばいいか…人間に何処まで話せばいいのか分かんねぇけどツナを信じてお前達には話す。 この事は教団側にはバレたくない。他言無用で頼むな。」 「私、天界関係者だけど。聞いて大丈夫?」 「………問題無い。」 山本は目を閉じて話し始めた。 * * * * 神が唯一の存在であるように魔王も唯一の存在で、魔族は皆、王は不死であると信じて疑わなかった。 王は創世から神と共に存在し、長い間に渡り魔を統べてきた。 また王は吸血鬼であった為に不老でもあった。いつまでも変わらぬ美しい姿の王を配下達は神と同一の至高の存在として崇めた。 ある時にとてつもない力を秘めた子供が産まれた。 王は 「この者はこの座を譲るに相応しい」 と呟いた。 それを聞いた部下が慌てて尋ねる。 「永遠の存在であるあなたの跡継ぎなど必要無いでしょう」 と。 王は首を振り答えた。 「全てに永遠は無い。どんな国ににも終わりがあるように私も永遠ではない。」 「そんな!神がいるではありませんか!神が永遠であなたが永遠で無いはずがありません!」 「どんな強固な石もいつかは姿を変える。神も私も同じだ。いつかは終わる。」 そうしてどれだけの年月が過ぎたか。 王の言葉通りに終わりは突然現れた。 ――…一夜の出来事だったと云う。 何が起こったか、それはきっと王自身しか知る術は無かっただろう。 衣服を残し、跡形も無く消滅してしまった王。 永遠と信じた存在の消失。 魔族は途方に暮れ、そして野心が策略が交錯する。 王の存在を信じ探求する者と新たな玉座の主に代わろうとする者と。 数十年たった今も混乱は続いている。 魔王の座は未だ空席のままなのだから。 * * * * 「…空席?」 「ああ。今もずっと、な。」 「…跡継ぎはどうなったの。」 「昨日見た限りじゃ元気そうだぜ?」 「は?知り合いなのか?」 「お前らもな。」 山本武は行儀悪く椅子を傾がせて船を漕いでいる。 …魔族で知り合いなんて僕には三人しかいない。そしてそのうち二人はここにいる… 「六道骸。唯一、王が認めた魔王候補だ。」 「あれが魔王…」 「ショタコン魔王…」 「いやいやいや。変なイメージ植え付けんなって。悲しくなんだろ、そんな王。」 確かに。 「玉座が空なのを教団は知らない。天界は…知ってるだろうけどな。 本当は皇太子が玉座につけば跡目争いも関係なくて話が早いんだが… 骸は王生存派の魔族だからな。玉座そっちのけで神孫探しに明け暮れてる。」 「王生存派…?」 「魔族は王が生きてると信じる者と死んだとして新しい王を立てようとする者に別れてるんだ。 生存派は預言を頼りに王の居場所を、そして預言の神孫を割だそうと必死になっている。」 「『終焉を腕に抱く者』…か?」 「!よく知ってるな。」 神父を見上げると感情の失せた目で窓を見つめていた。 何の話だろうか。何処かで聞いたような… 「『終焉』とは魔王の最期の事だと連中ば考えたらしい。 その預言を持つ神孫が魔王を殺すのか、それとも何か原因となるものをそいつが持っているのが…それは不明だけどな。」 「…そうか。」 山本は綱吉の頭を撫でる。綱吉が神父を見ている時と同じような…暖かな眼差しで。 「神孫は…悪いが俺には関係ない。皇太子がツナにご執心なのはちょい困るけどな。…問題は新王派だ。」 「王が死んだとする一派か…」 「ああ。こいつらもある預言を元に動いている。 『灰の翼持つ雛鳥、赤き実の恩恵にて再び空に。 実は王の意志を種に秘める。ただ一人を認め次代の糸を紡ぐ。 相応しき者、柘榴を持て。濁れども証に変わらず。』」 「灰の翼…赤き、実…」 ぼそりと巫女が呟き眼帯――右目を抑える。 痛むのか僅かに顔をしかめている。 「意味は分からないが『種』が魔王就任と関係があるのは確かだ。 今まで様々な仮説の元、『種』探しがあった。だが外ればかりだ。 そして新王派のやつらが次に目を付けたのが皇太子の子犬だ。」 「子犬?なんだそれ。」 「…綱吉の事だね。」 「そうだ。」 蛇女が綱吉の事をパピィと呼んでいた。 いつの間にやらあの男、綱吉に勝手な呼称を…綱吉は犬じゃない。猫なのに。 「骸が配下の魔族全員を使ってツナを探していたのを見て連中は「何かある」と勘違いしたらしい。 ツナは格はそれなりだが魔力が低すぎて今まであんまり上位の間じゃ存在を知られてなかったんだ。 ところがお前達と行動するようになってその特異性も目立ち始めた。更に皇太子の執着。 新王派には骸が『種』の正体を知っていて隠しているんじゃないかと疑ってる奴もいる。 連中は本腰を入れてツナ捕獲にかかってくるはずだぜ。」 続く… |