第二十六話






「!」


ここ、は。

深い海の底のような一面の青。こぽんと口から水泡がこぼれる。

遥か上空には太陽の光を反射して揺れる水面。

――夢だ。

あの人の夢にリンクさせられたんだ。

ふと気付けば目の前を横切る銀色の鯉。俺はその後を追って歩き出す。

水中にいるような感覚だけど動かす体は水の抵抗も受けず普通に陸にいるように行動できる。

息も水泡が出るものの全く苦しくはない。

しばらく鯉を追いかけていると大きな陰が見えてきた。

近くに寄るとそれは玉座のような椅子で人が座っているのが見える。


「久し振りだな、シュナイト。」

「こんにちは、ラル。」


藍色の髪にダークコーラルの瞳。顔に痛々しく広がる痣。それでも凛とした美しさは相変わらずだ。

何年かぶりに会う原初の魔女ラル・ミルチ。母さんの親友。

彼女は少し悩むように俺を見て眉をひそめる。


「…沢田と呼ぶべきか?」

「うん。母さんの名前は返したから。」

「そうか。」


椅子に近づくように指示され俺はラルの手が届く位置に移動した。

彼女は俺の顔をじっと見て溜め息をついた。


「相変わらずその兆しは無し、か。」


まだ諦めて無かったんだ。俺が苦笑を浮かべると彼女にギロリと睨まれた。


「笑い事ではない。俺はお前の行く末を見守る義務がある。…それに、お前にそれ以外生き残れる道は無い。」

「でも俺じゃあ駄目だ。候補にもあがらない。」


なる気もないし。俺は今のままでいい。

―――今のままで。誰にも気付かれなくていい。

でもラルはそうは思わないらしい。目を眇めもう一度俺の顔を覗き込むと険しい表情を浮かべる。


「兆しは無いが変化が見えるな。……今、どこにいる?」

「聖都に向かってる。少し、事情があって。人間と行動してるんだ。」

「……本当にそいつらは人なのか?」

「?」


それはどういう…問われた言葉の意味が分からないよ。

俺がどう答えようかと悩んでいるとラルが立ち上がった。


「神気が纏わりついている。どうやったらこんなになる。」

「え?」


自分の体を見下ろす。白く発光する粒子が俺を取り巻いている。

…何これ!!


「教皇といてもこんなにはならん。一体何を連れて歩いているんだ。」

「…えと。」


最強無敵な聖血に人として規格越えちゃった神父に史上最初で最後の天使と人のハーフ…

ううむ、心当たり有りすぎる…なんでこんな物騒なのばっか集まっちゃったんだ…

ラルも俺の話に呆れた顔をする。


「沢田………」

「はい…」

「………いや、もういい。それよりも…皇太子に会ったな。」

「それは骸のこと?」


山本がそう呼んでいた。

何故「皇太子」なのか。聞きたかったのにそのまま眠っちゃったから分からず仕舞いだ。


「六道骸。次代の魔王になる可能性が一番高い男だ。故に皇太子と呼ばれる。」

「骸が…?」


じゃあ…彼が…

自分より高い位置にある緋とも橙ともつかぬ不思議な色合いの瞳を見上げる。

ラルは微かに頷き夢の海の水面を見上げた。


「奴と会ったことでお前の道筋が変わるとは…皮肉だな。しかし変化は喜ばしい。

だが骸には決して近付くな。関わるな。

聞けば奴はお前を探しているとか。今はただの執着心でもお前の産まれが分かれば…」

「大丈夫だよ。」


俺も出来るなら会いたくない。怖いあの人は嫌い。俺の中の暖かかった骸を壊したくない。

俯いているとこぽん、と気泡が足元から立ち上った。

もうすぐ夢が終わる。目が覚める。

ラルは俺に歩み寄ると強い力で両肩を掴んだ。


「時間がない。いいか沢田、よく聞け。
神聖の連中と皇太子に会ったことでお前の『餌』となる命運が変化した。

近い未来違う道が拓ける。だがそれはお前の種をも変えることとなる。

お前は望まなくとも知れば神聖の者達はその道を選びとるだろう。

変化を望まぬなら今すぐ奴らから離れて皇太子の手の届かぬところへ逃げろ。」


肩を掴む手が緩む。ラルは少しだけ和らいだ目を俺に向ける。


「…お前の選ぶ道は、俺には見えているがな。思った通りに生きろ。お前の母と同じように。」

「ラル…」


ゴボッ


立ち上る気泡で視界が閉ざされる。もう、目覚めの時だ。

俺は揺れる視界に瞼を閉じる。


「また会おう、god child…」

「……さよなら、ラル。」









「ん……」


……………………………どこだここ。

俺が寝る前の天井は真っ白だったのに目を覚ましたら花柄に変わっていた。

体を起こして周りを見る。…全体的になんか可愛らしいくないか?この部屋。


「おはよう。」

「おはようございます、ぐふっ!」


ドス、と鈍い衝撃が二方向から…凪と雲雀さんが抱きついてきたのだ。

凪、頭突きが腹直撃だよ、痛いよ…


「ろーど、起きた…」

「寝すぎだよ君、牛になるよ、牛。」

「あはは…」


肩に雲雀さん、腰に凪。

抱きついたまま二人は離れようとしない。
俺どのくらい寝てたんだろ…

何気なく首に触ると包帯が巻かれていた。


「傷は治ってる。その子のお陰でね。」

「え?」


そう言えば痛くない…でも皇位に負わされた傷なのに。天界人ってすごいなぁ…


「ダメ!」

「!」


俺が包帯を外そうとすると凪に腕を掴まれた。

な、なに?


「外しちゃダメ。見つかっちゃう。」

「?どういうこと?」

「あいつ、噛みついた時に君に何か印をつけたらしい。僕には見えないんだけど神父が言ってた。」

「赤い薔薇の痣みたいのがあって、そこからその人の邪気が漏れだしてるの。
今神父様の護符でそれを隠しているから剥がしちゃダメ。」

「……分かった。」


骸に刻印されちゃったか…

――ラル。運命なんて俺は信じてないけど一度繋がった縁は切れないみたいだ。

あなたの先読みは外れない。避けてもいずれは行きつく。逃げ場は…無い。







続く…





←back■next→