第二十七話 沢田さんは一週間眠り続けたお陰ですっかり元気になられたようだった。 そろそろ移動しなければと思っていたので実にいいタイミングだった。 俺達は街を出て草むらの上に広げた地図を見ながら今いる位置を確認する。 「今どの辺り?」 「ここだ。獄寺の空間転移でこっから一気に来たんだぜ。」 一所に居すぎるとどんなに上手く気配や痕跡を消していても逆にその探れない位置が怪しい、ということになりかねない。 転移で一気に聖都まで行ければ楽なんだが…あそこは結界みたいな壁があって出ることは出来ても入ろうとすると弾かれるんだよな… 手前まで移動する、という案もあったが沢田さんが首を横に振った。 「雲雀さんが聖血なのはもう知られてる。 担当の地を離れて神父の獄寺くんが一緒に旅をしてる、これは入団の為に聖都に向かってると思われても仕方がないよ。 聖都の周りは多分もう張られてる。 忘れないでよ。骸の目的は俺だけじゃない。獄寺くんもなんだから。」 「…そーでした。」 俺というか雲雀なんだけどな…こいつの「神孫の役割」がはっきりしてれば教団に協力仰げるんだが。 野宿は避けなくてはならない。山本が一番良いと言うルートをなぞる。 「正直皇太子相手じゃ道なんて関係ないけどな。その巫女さん次第って感じだな。」 全員の目が結界を張るナギに向く。 槍を地に突き立てその前に跪き祈りを捧げるポーズのままさっきから全く動かない。 俺たちが沢田さんが眠っている間、連中に見つからずにいられたのは天界人の血を引くこいつがいたからだ。 俺はどっちかっていやぁ、戦闘向きだし次期魔王に一介の神父の小手先の結界なんてシャボン玉も同然だろう。 「凪、大丈夫?」 「平気。」 「………思うんだけどさ。」 「なんだい?」 「……怒らないで聞いて欲しいんだけど。」 沢田さんが首のベルトを模したチョーカーを弄くりながら俺を伺うように見る。 そのチョーカーは痣を隠すために俺が作ったものだ。 「内容によりますが。何ですか?」 「俺だけ…別行動を取れば良くない? 痣が無ければ獄寺くんたちの居場所は骸には分からないだろうし… それに、ほら俺雲雀さん助けるって言い張ってついてきたのにこれじゃあ足手まといだし…囮になれば少しは」 「「却下!!」」 俺と雲雀は沢田さんにつかみかかる勢いで叫んだ。 「駄目に決まってるでしょう!! あなた差し出すなら雲雀を放り込みますよ!!その方が話早いですし!! 大丈夫です、こいつなら解剖されたくらいじゃ死にませんよ!! あいつがあなたに何するかなんて…あああああ!!考えただけでおぞましい!! 犯罪ですよ犯罪!!あいつは存在から犯罪ですよ!!」 「何考えてるんだい、君は!!あのショタコンの囮!? 冗談じゃないよ、なら神父差し出すよ! 大丈夫、これなら規格外だからちょっと血みどろになったって笑顔で追いかけてくるよ。 君が捕まったらなにされるか分かったもんじゃないんだよ! 君にそういう趣味があるなら僕が相手してあげるから!!大丈夫だよ、優しくするから!」 「って何の話だぁーっ!!」 てめぇの毒牙にもかけさせるかよ!! 大体血みどろ笑顔で追いかけるってめちゃくちゃ怖ぇよ!!嫌だ、そんな俺! 「とにかく。それは無しってことで。俺も反対だしな。」 「私も。」 「………分かった。」 山本にわしゃわしゃと頭を撫でられて沢田さんはこっくりと頷いた。 渋々という感が否め無いが納得してもらえたようだ。 ――だが、囮と口に出した時、沢田さんの表情が陰ったように見えたのは気のせいだろうか。 * * * * 「どうですか?」 「見つかりませぬ…人では無いものに守られているのでしょうか。残滓すら感じられませぬ。」 「そうですか…」 水盆を覗き込みそう答える老婆。僕は落胆の色を隠せず大きな溜め息をつく。 「もういい、下がりなさい。引き続き『あちら』の動向を探り、何か察知したときには報告してください。」 「はっ。」 折角刻印を残したというのに…あの半魔のハンターが来なければ! 次は獄寺らなどは後回しにして綱吉を優先させましょう。 イライラと顔に掛かる髪を払う。何時もは一つに括っているが今日は止め紐が見当たらずそのままだった。 …なかなかにウザいですね、長い髪というのも。 今までは屋敷に引きこもっていたものだから気にしていませんでしたが。 「…………」 髪を一房すくい上げる。 …切るか、昔と同じくらいに。 占じの老婆が置いていったナイフを手に取る。髪を手に巻き付け刃をあてがう。 ――だって、尻尾みたいです!―― 耳に蘇る声に手を止める。それでも10本ほど切り取られてしまった髪が床に散った。 さらさらとした手触りにあの子と過ごした日の記憶を思い出す。 * * * グイッ。 「!?」 突然かかった過重に首がガクンと仰け反る。 後ろを見ると小さな同族が目を輝かせて僕を見上げている。しかし目が合うと慌てて手を離した。 あまり頻繁に脱走を図るので僕の部屋にこの子を移して半日。 いい加減懐いてくれてもいいだろうにこの子は僕と目を合わさないようするためか、いつも俯いている。 今もふいと目線を逸らしてテディベアに顔を埋めている。 「どうしました?」 「なんでもないです!ごめんなさい…」 「………そうですか。」 綱吉から視線を手元の書物に移す。 ぱらぱらと頁を捲りながら紙面にペンを走らせているとまた、後頭部に視線が… 「………………」 「………………」 立ち上がって本棚から別の冊子を取り出す。その間もずっと視線を感じる。 本を探す振りをしながら長くのばした前髪の隙間から後ろを伺うと彼の目は僕、というより少し下に… 「………」 ………これか。揺れる毛先を見ているのか。 試しにワザと体の向きを変えてみる。浮き上がった髪を追う目。 玩具に飛びかかりたくてうずうずする子犬のようだ。 くすっ。 「…………………触りたいんですか?」 「!!」 僕がゆっくりと歩み寄ると大きなぬいぐるみの背に顔を埋めてふるふると首を振る。 嘘つきですねぇ。 綱吉の隣に腰かける。小さな体躯を持ち上げ膝の上に座らせる。 途端に強張る体に気付かぬふりをして肩の後ろに流れる髪を前に垂らす。 ぱちくりと目を瞬かせる子どもに口元が綻ぶ。 「触りたいのでしょう?引っ張らなければいいですよ。」 「………」 恐る恐る伸ばされた手が髪に触れる。そして感触を楽しむように指を絡められる。 「どうですか?」 「サラサラです。きれい…」 「クフフ、君はほわほわですね。」 毛まで子犬のようだ。僕がそう漏らすと彼は首を傾げて「んん?」と唸る。 「骸の方が、犬みたいです。」 「ほう、何故ですか?」 「だって、尻尾みたいです!」 「!…クッハハハ!成る程、そうですね。」 僕が笑うのを見て、綱吉は驚いたように目を丸くする。 しかしそれで警戒心が薄れたのかにこりと初めて僕の目を見て、初めて笑った顔を見せた。 * * * 思えば、あれを機に懐いてくれたんでしたねぇ… くすりと笑い、僕はナイフを放り出した。髪を背に流し椅子に腰を下ろす。 …長い髪も悪くない、か。 ソファーに放置したあの子の髪と同色のテディベアを見つめる。 僕には無用の長物だがどうにも手放せず手元においている。 あれもこの髪と同じくあの子のお気に入りてしたからね。 僕に怯えていた時も、寂しげなときも眠るときもいつも抱えていた。いつだったか怖い夢を見た時も… 「!」 ………そうだ。 回想から一気に覚めて立ち上がる。 そうだ、何故そのことに気付けなかったのだろう。わざわざこんな手間取る手を使わずとも僕になら… 黒い水を湛えた水盆の前に立つ。静かだった水面にトプリと気泡が浮かぶ。 ある。真実を探り、全てを直接知る方法が。能力が。己にはそれがある。 「…ク、フフ…」 愉悦に浮かぶ笑いが口からこぼれ出る。 水面を覗き込めばうっそりと笑う自身の顔があった。 続く… |