第二十九話 バサバサと何かに顔を叩かれ目を覚ます。 目に入ってきたのは巨大な金色のギョロ目。 「!?」 『起きたか、獄寺。』 「…ああ。」 近い近い。ビビるだろ、梟のドアップは。 窓を見ればまだ薄暗くはあるものの日は出ている。 俺はのっしりと胸の上に陣取っているクイーントを両手で掴んで近くの椅子背もたれにとまらせる。 猛禽類は爪が半端なく痛いんだ。 「…お前あの街守ってるんじゃなかったのかよ。」 『ああ。しかし街より優先しなければならない事もあるのだ。…一足遅かったがな。』 「?」 クイーントは翼を動かし俺のベッドの端に頭だけ乗せて眠るナギの顔を扇ぐ。 『小姫。起きなさい。』 「ん……………父様?」 『魔の子が居ないのだ。気配も探れない。どこへ行ってしまったのか…』 「「!」」 沢田さんが、居ない…? 昨日の眠りに落ちる前のあの人を思い出す。いつもと変わりないように見えたのに… ――大丈夫だよ。ただ、俺の変な力を骸に知られただけだ。珍しいかもしれないけど、ただそれだけ。 「……っ」 嘘、だったのか…やっぱり、知られてはならないことだったんだ! 俺のせいで…… ベッドから飛び降りて神父の制服を掴む。 部屋から飛び出そうと扉に向かうとクイーントに呼び止められた。 『どこへ行く気だ?』 「決まってる!すぐに後を追って…」 「獄寺!!」 扉が弾けたように開く。驚いて固まっていると山本が飛び込んできた。 「獄寺、ツナがいないんだ!」 「だから今、」 「雲雀もいない。」 「………は?」 「あいつもいねえんだ!んでこれが…」 山本が目の前に紙切れを差し出す。…置き手紙か? 『綱吉逃げた。捕まえてくる。ショタコンも狩ってくるから先に聖都に行っててよ。ついでに跳ね馬は任せた』 とだけ……… 「って。ん?つまり?」 「黒の人、lord追っかけて行っちゃったってこと。」 「いや、それは分かってる。そうじゃなくて俺が言いてぇのはだ。」 まず、骸は置いといて俺たちが聖都に向かってる理由を冷静に思い返してみる。 ナギは取り上げられた信託を求めて。 山本は沢田さんが心配だから。 沢田さんは雲雀の正体バラした責任感じて。 雲雀は『聖血』だから。 俺は雲雀を聖都まで送り届けるため。 「ってことは。」 『獄寺は神孫がいなければこのまま聖都に行く意味が無い。』 …「理由」が単独行動してどうすんだよ。 跳ね馬の相手押し付けられても俺にはどうしよもねぇよ。 「どうすんだ?」 「追うしかねぇだろ…まあ、雲雀が一緒に居なくなったのは見方変えれば好都合だ。」 前に沢田さんが行方知れずになったときは探そうとして教団側から邪魔が入った。 今回は雲雀を探すという名目で堂々と寄り道ができる。 「追うったって宛てはあるのか?」 「…無いことは無い。不確かだがな。てめぇはどうする。」 「行くぜ。あいつの側にいなきゃ意味ねぇからな。」 言うと思った。ナギは…聞くまでもねぇか。 絶対に付いてくる。そう確信できる。 ナギは会ってそれほど時間が経っていないのに何故かあの人に関しては無条件に信用できる感じがする。 目が合えばやはり力強くナギが頷く。 『私も行こう。』 「街、放っていいのかよ。」 『脅威はない。ある程度の守りも残してきた。今はお前たちの方が気掛かりだ。 お前はどうやら皇太子には消したい存在のようだし、彼は私と小姫にも気付いたはずだからな。』 梟は俺の肩に飛び上がるとぼそりと呟く。 『我々はお前にいなくなられては困るのだ。分かっているだろう?』 「…ああ。」 腕に嵌る冷たい輪に触れる。これの下にある皮膚に刻まれた印を思い拳を握りしめる。 「…獄寺?」 「なんでもねぇよ。すぐ出発するぞ。3分で準備しろ!遅れた奴は捨ててくからな!」 * * * * ザンッ! 「いい加減、諦めなよ!」 ガサッ 「しつこいです!」 たったかと枝の上を走る小動物を追いかけること数時間。全く綱吉は疲れる様子を見せない。 逃げ足速いよ、あの子!!足じゃ追いつかないから途中からあの面白い剣に乗ってみたんだけどそれでも追いつかないんだ。 リスみたいに枝から枝に飛び回るし猫より体重軽いからとんでもない細さの枝の上も走れるし… 「綱吉!止まれ!」 「やです。もう、こんなことしてる場合じゃないのに!!」 「なんで逃げるの!」 「捕まりたく無いからですよ!つか雲雀さんついてきたら完璧意味ないし!」 「なんで。」 「忘れたんですか!!俺ら二人とも魔族に狙われてるんですよ!?俺がみんなから離れて囮になる意味無いじゃないですか! しかも雲雀さん、俺と違っているだけで魔族引き寄せちゃうじゃないですか!! もう、骸どころか魔物全部集まって来ちゃいますよ!」 「いいじゃない、彼らは聖都に無事到着できて。」 「何言ってんだ!そもそもこの旅はあなたを聖都まで連れて行く事が目的でしょう!!」 …そうだったっけ? ちゃっかり、いやうっかり忘れてたよ。 「囮ってことは何?君まさか骸に捕まりに行く気?」 「違いますよ!!獄寺くんと雲雀さんが聖都に入るまで引きつけようと思っただけです!」 「で、その後は?」 「もう、逃げてるだけではいられません。人を探してってもう、雲雀さん帰ってくださいってば!!」 距離が縮まったのを察知して綱吉が速度を上げる。 …ちっ。この隙にと思ったのに。こうなったら仕方がない。僕は服の中に隠していた相棒を取り出してジャラジャラと鎖を垂らす。 「怪我させちゃったらごめんね。」 「!?」 ヒュンヒュンと玉鎖を振り回すと綱吉の顔がサァっと青ざめる。 「な、ななな何する気ですか!?」 「ゆっくりおはなししたいからいい子にしようね、綱吉。」 「イヤだあああぁぁ!!!!」 「待ってってば。」 「ヒィっ!!」 ぎゃあぎゃあと大袈裟なまでに悲鳴あげてるけど僕の攻撃をひょいひょいと避けている。実はかなり余裕なのかな…? 「もうついてこないで!!」 「君が止まれば僕も止まるよ。」 「嘘だ、捕まえる気満々のくせに!」 だって君逃げ足速いんだもの。 それにその気がなくとも魔力の無い君が一人になればあっと言う間に捕まって骸に差し出されるか、本人に捕まるかのどちらかだ。 それは非常に面白くないじゃないか。 「ねぇ、さっき言ってた探してる人って誰のこと?そいつがいればあのショタコンに対抗出来るわけ?」 「多分そーです。ってこうしてる時間が惜しいんですが、雲雀さん…」 「いいから話しなよ。」 「………」 綱吉はチラリと僕を振り返り、諦める素振りが無いのを見て取ったのだろう。渋々と口を開く。 「まあ…雲雀さんと無関係なわけじゃないと思いますが…でも雲雀さんってその手の知識全然ないからやっぱあんま話しても…」 「前置きが長い。」 「…神血の末裔ですよ、俺が探したいのは。星の数ほどいるその中にまだ教団にも認知されていない、変わった預言を受けている人がいるはずなんです。つまり、神孫なんですが…」 「綱吉。それ、心当たりあるよ。っていうか僕だね、それ。」 突然綱吉が視界から消える。 続いてガサガサという枝が擦れあう音。それが段々下方に移動して何もせずに下に視線を向けるとぼとりと木の間から何か落ちた。 …まあ、猿が木から落ちるならリスも落ちてもおかしくないよね。 「…大丈夫かい、綱吉。」 「〜〜っ…」 落下物の近くまで剣の高度を下げる。 綱吉は顔面を強打したらしく鼻を抑えてうずくまっている。 やっぱ可愛くても魔族だね。あの高さから落ちて鼻の頭が真っ赤になるだけなんだから。 まあとにもかくにも 「綱吉捕獲、と。」 ようやく捕まえた獲物を肩に担ぎ上げる。 バシバシと叩かれるが構わず剣に飛び乗る。 「暴れると落ちるよ。」 「そ、そんなことより!雲雀さんて神血の一族だったんですか!?」 「そうだよ。魔族の事は全然知らないけど創世神話なら空で言えるよ。」 「神孫で聖血!?そんなの初めて聞きましたよ!?」 「前例は無いらしいね。獄寺も言ってたよ。」 この軽さにこの小ささ。やっぱりしっくりくるね。 さて、帰るか。 「だめーっ!!ダメです、今の俺といたらみんな危ないんですってば!!」 僕が剣を大きく旋回させると綱吉がじたばたと暴れ始めた。 うるさいなぁ。……………気絶させるか。 拳を固めて綱吉の腹に打ち込もうとしたその時。 ガサッ。 「………」 「………」 『『『…………』』』 木々の間からぬっとモグラのように顔を出す牛やら狼やら青い顔たち。 魔物…もう嗅ぎつけてきたか。巫女の力が及ばないところまで出てしまっていたらしい。 …なんとまあ。どれだけ集まってるんだか。呆れる僕を余所にぞろぞろと頭を出す魔物ども。 「…………」 「雲雀さん、引き寄せ過ぎです…」 「僕だけのせいじゃないでしょう。」 見たところ、下級なのばかりだ。まともに相手するのもうんざりだよ。 ライオン百匹なら喜ぶけど蠅百匹なんて鬱陶しいだけだ。 よし、逃げよう。 綱吉をしっかりと抱え直し剣の速度をあげる。 「寄りによって探してたのが雲雀さんなんて…魔物退けるどころか引き寄せる神孫だなんて…あああ、もう終わった…」 「聞き捨てならない独り言だね。いいから口閉じてなよ、舌噛むよ。」 「うう…」 * * * * 強行軍にドレスは向かないから。宿の人に頼んで服を交換して貰う。 髪も本当は切りたかったけれど、体の一部を残せばそれを狙われることになる。 「もういいよ、父様。」 着替えて窓を開ければ白い梟が舞い込んでくる。 父様は椅子の背に止まるとくるりと首を傾げる。 『………』 「変?」 『いいや。似合っている。…お前は容は母に似たがやはり私の子だな。』 「何故?」 『姫はお前ほど勇ましくは無かったからだよ、小姫。』 時計を見る。もう出なくちゃ、置いて行かれちゃう。 荷物を持って扉を開けようとすると父様が肩に飛び乗る。爪にひっかけてるのは… 『小姫、忘れ物だ。』 眼帯。いけない、そのまま行くところだった。 鏡の前に戻って長い前髪をかきあげて隠れていた右目を晒す。 また色が濃くなってる…lordの近くにいたから、どんどん変わっていってる。 「父様。」 『ああ。そろそろ新しい封じに代えなくてはな。』 「うん。」 もう一度鏡を覗き込む。 母様譲りのアメジストの左目、そしてすっかり色を変えてしまったlordと同じガーネットの右目。 一番後の私がこれなら、きっと神父様や黒の人にも影響が出ているはず。 右目に白い眼帯を押し当てて後ろで紐を結ぶ。 私たちの変化は止まらない。lordが居なくなっても、ううん、いなくなったらきっと…… だから、lordは駄目。魔族にはあげられないの。 あの人は私たちの…―。 「もう、行かなきゃ。」 『ああ。』 剣は剣の役目を。 使命じゃない、私がそう決めたから。だから果たすの、必ず。 「待ってて、――。」 続く… |