第三十二話





ガタガタと馬車に揺られて数時間。

イライラと貧乏揺すりをしながら何もない壁を睨みつける。

すぐにでもあの人を探しに行きたいのにご丁寧に馬車全面に転移禁止の陣を張られて俺の機嫌は下降するばかりだ。

雲雀の野郎が沢田さんと行動していることを祈るしかない…


「…駄目だな。がっちりガードされてるぜ。」

『ひと暴れすれば抜けられないことも無いだろうが流石に目立つ行動は避けたい。』

「だよなぁ…」


覗き窓から外を見ていた山本が短く息を吐き出して座席に凭れる。

それはそうだ。教団相手に暴れればいくら国公認のハンターといえど半魔だからと抹殺対象にされてしまう。


「父様。父様だけでもlordのところに行ってあげて。」


山本の肩に止まっていた白梟にナギがそう訴える。けれどクイーントは首を横に振った。


『それは出来ない。我らは魔の子と黒の神孫に本来は干渉してはならないのだ。』

「なんでだ?」

『創った者は違えどあの二人は故意に在る変異種だからだ。
魔の子は魔王が自身の肉体を代償に生み出したものであり、神孫は神がとある目的をの為に人界に創り出した未知の存在。
分かり易く言うならば天界に認知されていない、神すら手の出せぬ存在なのだ。
下手に関われば彼らの道筋を傷つけ我々か彼らの存在が消えかねない。』

「でも今までは」

『それは小姫と獄寺がいたからだ。
あの二人とは真逆にお前たちは不意に存在してしまった変異種なのだ。
先は誰にも読めぬが属性は聖。こちら側の存在である限り、我らの希望に他ならない。
守らなくてはならないのだが天界人はおいそれと下界に関われない。
だから神は人を子にもつ私にのみ少し決まり事の輪を緩めてくださっているのだ。』


不意に…か。

ナギは異世界の境を越えて産まれ、俺は一度冥界の扉を叩いているにも関わらず死と無縁に現世を生きている。

確かに…神の管轄外なんだろうな。

だがクイーントも動けないとなると打つ手は無い。こうしてる間にも骸の魔手は沢田さんにのびているかもしれないのに…!


「獄寺。慌てても仕方ねぇよ。」

「んなこと、分かってる!」

「いや。そういう意味じゃなくてな。」


苦笑しているハンター。

睨みつけても飄々としている山本に目線で先を促す。


「そこの天使殿に聞くまで俺もずっと疑問だったんだけど。ツナが先の魔王の子だって聞いて分かったんだ。」

「何がだ。」

「魔王っても、やっぱ子どもは可愛いもんなんだな、きっと。」

「?だから…」

「魔族を統べる王ってのはやっぱ強かなんだなぁ、ってな。」

「は?」


訳わかんねぇよ!!

苛立つ俺に山本は肩を竦めてみせるだけだった。

一人で納得しやがって…


* * * *


ほわほわとした毛並みを指で梳いてやる。

相変わらずぴょこぴょこしてますねぇ…

高い体温の子犬を抱き締めて髪に顔を埋める。

甘い、雛のような匂い…ようやく取り戻せた…


「んぅ…」


もぞもぞと身じろぐ。目覚めるかと思い様子を伺うがまたくうくうと寝息を立て始める。

本来ならまだ眠っている筈の年齢ですからね。仕方がないのは分かっていますが…少し残念です。

膝に乗せた綱吉の腕の中に彼が気に入っていたあのテディベアを抱かせてやる。

柔らかな頬に唇を落とし首筋に鼻を擦り付ける。


「早く、早く起きてください…」


寝顔もいいけれど君のくるくると変わる表情が見たい。

可愛い声で僕の名を呼んで欲しい。

怯えた顔もきょとんとした顔も全部が愛しい。


「骸様。」

「なんですか?」


牛の頭部を持つ部下が膝を突いている。

綱吉から目を上げ先を促す。


「例の神父ですが教団に捕まったようです。」

「ほう。それは良かった。」


取るに足りない人間ではありますが彼はいろいろと面倒な能力を持っていますからね。

身動きのとれない状況にしてくれるとはご苦労なことだ。


「彼の同行者の正体は分かりましたか?」

「はい。神凪の町の巫女姫だとか。」

「カンナギ?」

「アポピスが根城にしていた荒野の側にある町です。教団に属さない、独自の護りを持っており天界人と交流できるという…」

「ああ。そういうわけですか…」

「?」


何故人が僕と同じ槍を持っていたのか、これで分かった。

あれは先代から継いだものだ。だから天界にも同じものがあっても不思議ではない。


「もういい。下がりなさい。」

「はっ。」


部下を退室させ、再び腕の中の幼子に意識を向ける。

まだ起きる気配を見せない…つまらないですねぇ…


「んに…」


つくつくと頬をつついてやるとテディベアに顔を隠してしまった。

とりあげようとするといやいやとぐずる。

可愛らしい仕草に口角が緩む。


「つなよし、起きて…?」

「ん〜…」


耳元で囁くとくすぐったいのがピクピクと肩を震わせる。

瞼がひくりと動いた。後少し…


「つなよし。」

「ひゃうっ…!」


かぷりと耳を食んでやる。綱吉がぱちりと今度こそ目覚める。


「?、!?」


ぱちくりと状況が飲み込めずに瞬きを繰り返す綱吉。

テディベアに気付き、次に自分が抱かれていることに気付いたのだろう。恐る恐るこちらを見上げる。


「むく…ろ…」

「おはようございます、綱吉。」


みるみる青ざめていく子どもを優しく撫でる。


さあ、準備をしなくては。この子犬を僕だけのものにするために。

鳥籠も首輪も用意した。

もう、逃がさない。


* * * *


肩にへばりつく銀色の大トカゲ。

…もっと可愛いものに変化出来ないのか。

そう訴えたところ相手は目を瞬かせ「四つ足の生き物は可愛いとは言わないのか」と首を傾げてしまった。

…………………まあ、蛇やら鰐やらよりは円らな瞳が可愛いと言えないことも無いかもしれないけど。

創世から存在するものに僕と同じ感覚を求めるのが無理だったんだろうか。


『どこに向かっている?』

「さあ?とりあえず綱吉のとこにって思ってるだけだけど。」


行き先なら今僕らの乗っているこの大剣に聞いて欲しい。

明確に場所を指定しなくてもこの剣、勝手に飛んでくんだよね。


『分かってはいたがお前は本当に規格外だな。』

「しみじみとなに。」

『まさか魔剣まで使いこなすとは…』

「ああ、これ。綱吉から貰ったんだよ。」


正確には違うけど、今は僕のものだからね。

原初の魔女は僕の足元を見下ろしている。

あんまり身を乗り出すと落としちゃうよ…


『山本の元にあると思っていたが。』

「そういえば彼から貰ったから返せとかなんとか言ってたね。」

『………雲雀。無理強いしたのは貰ったとは言わないぞ。』


あ、バレた。


『まあ、いい。あの時は一番山本が相応しいと思っていたがこれはお前が持つべきものだったんだろう。
この魔剣はシュナイトが沢田の護りとして残したものだからな。』

「しゅないと?」

『先代の名だ。沢田の名はヤツの名のアナグラムで付けた。』

「………………………なるほど。」


syunaitoでtunayosiってわけか。

でも、悪い訳じゃないけど…あの子の名前にしては角張ってる感じが…


『…大分障気が濃くなってきたな…』

「?そうかい?」


確かに薄気味悪い森だけど…特になんにも感じないけどね。

前にあの男の屋敷に入った時も似たような感じだったし。


『普通の人間ならば障気にあてられるんだがな…吐き気も寒気も無いのか?聖血で神孫だからか…』

「体質じゃないの?獄寺隼人もピンピンしてたし。」

『…そういうものか…?』


ううむと頭を擡げる大トカゲ。人の姿なら眉間に皺が寄ってそうだ。

徐々に剣の高度が下がっていく。それに連れて速度も落ち始める。

目的地に着いた…って感じじゃないね。なんだか警戒しているような…

地表スレスレを飛ぶ剣。その上に屈み込み、トンファーを構える。


「ねぇ。邪魔になるなら降りて。」

『誰に向かって言っている!足手纏いなら始めから着いてくるか!』

「だろうね。」


……森なのに、音がない。

生命の気配を感じない。


「……………」

『……………』


ズル…


何の音だろう。

視線だけで辺りを伺う。


ズル…ズズ…


「…………」


木の幹に巻きつく蔓たち。それがスルスルとほどけ蛇のように地に降りていく。

よく見ると蔓は全て同じ場所から伸びている。それらが津波の前兆のように一斉に引いていく。

やがて引き摺るような音が止み、また森に静寂が戻る。


『ふむ。中ボスと言ったところか。この手の輩は雑草並みの渋とさが厄介だな。』

「やだなぁ…僕は潰し甲斐のある獲物が好きなんだけど。」


ボソボソとトカゲとぼやいていたら無数の緑の刃が飛んでくる。

剣から飛び上がり空中で体を翻す。刃と思っていたのは蔓だったようだ。

…なんだか怒ってるみたいだけど…あ、もしかして聞こえてた?

僕らがかわした事で蔓が全て木々の幹に突き刺さる。


「ワオ。痛そうだね。」


いちいち相手にするのは面倒だ。

着地点に滑り込んだ剣に降り立ち、上空に飛び上がる。

木々の上に出ると視界が開けた。よし、このまま…


『雲雀、来るぞ!!』

「っ!」


下から突き上げる無数の槍。それの一つが肩を掠めた。


「ぐっ…!」

『寄るな!雑魚共!!』


大トカゲが口から放射状の火柱を放つ。藍色の炎に包まれた槍の一つがぐらりと傾いだ。

滲み出る血を抑えそれを見据える。


「…茨?」


僕の腕程の太さを持つ蔓。それにびっしりと生える棘。

命を持つ茨達がゾロゾロと蠢く。


『本体が近いようだな』

「倒さないとどこまでも追って来そうだね…」


魔女の炎を恐れてか茨は僕らの周りをぐるりと囲むだけだ。

けどこんな目立ってたら次から次へ魔物が寄ってくるに違いない。

なにより屋敷に着く前に骸に気付かれるのは得策じゃない。


「しょうがないなぁ…」

『しょうがない割に嬉しそうだが。』


舌なめずりしそうだと呆れた顔の大トカゲ。

だって綱吉が戦うなっていうから今までウザイ蠅どもから逃げ回ってばっかりだったんだよ?

あんな美味しそうな群れなのに。


『…今分かった。お前は規格外なんじゃない。想定外なんだ。』

「ん 似たようなものさ。同じ同じ。」

『全然違う…』


さ〜。いくよ。

トンファーを構える僕の肩の上で大トカゲが盛大な溜め息をついた。







続く…





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