第三十三話 「あ〜!!!!もうっ!!」 ビクともし〜な〜い〜!!!! ドアノブから手を離し腹いせにバシバシと扉を叩く。 「いい子にしてなさい」とだけ言いおいて骸が部屋を出て行ったのが数刻前。 準備がどうのとか言ってたから…魔王の遺産を継承する気だ、きっと。 逃げるなら今しか無いんだけど鍵も結界もぎっちぎちにかけてある!! 窓ガラスもいろいろ試したけど全然ダメだ。 開くのはもちろん、割れもしなければ傷一つつかない。椅子や花瓶を投げつけても鞠みたいに跳ね返ってくるだけだ。 「……………っ!」 八つ当たり気味に振り上げたクマのぬいぐるみ。 扉にぶつけてやろうとしたけど黒いガラスの目見てたら可哀想になってしまった。 結局、クマを抱えてベッドで不貞寝を決め込む。 「はぁ…」 雲雀さん、俺いないって気付いたかなぁ…気付いたよね。 「捕まる気はない」とか言っといてこれはないよなぁ。我ながら情けない。 でもこの状況なら獄寺くん達の安全は確保されてる。追っては来るだろうけど多分教団側が黙ってないと思う。 問題は雲雀さんの方なんだよなぁ… 「うう…」 ぐるると唸る腹の虫。ううう…お腹空いた… クマに顔を埋めて丸くなる。 身一つで連れて来られたから如意袋もない。天界の実あれに入ってるのに… 鳴り続けるお腹を誤魔化す為にゴロゴロと広いベッドの上を転がり回る。 「小熊のようですねぇ。」 「!」 のんびりとした声に跳ね起きる。 いつの間に入ってきたのか、骸がそこにいた。 …驚いたのもあったけど、今のを見られてたのかと思うとかなり恥ずかしい。 俺はそろそろと座り直すとクマを盾に赤い顔を隠す。それを見て骸がふわりと笑う。 優しい、会ったばかりの頃の大好きな笑顔。 「綱吉はそのテディベアがお気に入りですね。君に似ているからでしょうか?」 「…………」 そんな顔しても騙されない。 この人が欲しがってるのは魔王の遺産。俺じゃない。 ズクリと痛む胸を押さえてクマを抱く腕に力を込める。 今まで魔族はみんな目に見えた悪意を持っていたからなにも期待してなかった。 骸は…初めて優しくしてくれた、初めて好きになった同族だったんだ…嫌いになりたくなかった。 「綱吉。どうして黙っているのですか?僕が嫌い?」 「…………」 何を話しかけてもだんまりを決め込む俺に骸は短く息を吐き出すとゆっくりこちらに歩み寄ってくる。 ギシリとベッドが揺れた。骸が座ったんだろう。 するりと伸びてくる腕。頬を撫でる指から逃れたくもあったけど、意地だけで無表情を保つ。 ベッドに乗り上げてきた骸は俺が無反応なのをいいことに膝に抱え上げる。 「顔色が良くないですねぇ…食事はきちんと取っていましたか?君の周りはあんなにも上質な餌が揃っていることですから…」 「っ!」 「クフフ…むくれないでください。意地悪な質問でしたね。」 俺は人を食事になんか! 睨みあげれば皇位の吸血鬼は上機嫌に嗤う。 ただ視線を自分に向けたかったんだ… 掌の上で頃がされる感覚。悔しい… 顔を背ければ項に骸の髪がかかる。ついで、濡れた軟体の感触。びくりと体が揺れた。 「ぁ…んっ」 つつ、と首を舌でなぞられる。 漏れそうな声を飲み込んで体を捻る。 「機嫌を直して、綱吉…」 「やっ…!やだ…っ!」 牙が肌に沈む感覚、吸血される怖気を思い出して背筋が凍る。 読めない骸の行動が怖い…!! 「ひう…っ!」 「クフフ、なにをそんなに震えているのですか。本当に子犬のようですね、君は。 大丈夫、食べたりなんかしませんよ…折角取り戻したのに。」 「ふ……やぁっ!」 突っ張っていた手をまとめて捕まえられる。 耳に吐息を感じて咄嗟に首を竦めたけど、骸にねっとりと舌を這わされる。 なにしてるの!?なにがしたいの!? いつガブリとやられるかとこっちは気が気じゃないのに…!! 「や!やで…」 ぐ〜… 「!」 こ、このタイミングで鳴らないでよ!! 緊張感の無い腹の虫。お腹に回された腕には胃の動きまで伝わったはず… 頬に熱が集まる。恥ずかし過ぎる…っっ!! 「くふ。」 頭を撫でながら後ろでくつくつと笑う気配。 顔が熱い。首まで赤くなってるよ、これ…! クマに顔を押し付けて隠す。 「お腹が空いたのですか?ああ、だからご機嫌斜めでぐずっていたんですね。気付かなくてすみません。」 違う違う違う!! ぶんぶんと首を振って見せても上機嫌な骸には伝わらない。 クスクスと笑い頬に唇を押し当てられる。 「もう少ししたら食事にしましょう。でもその前に綱吉くんにはお役目を果たして貰わなくては…ね。」 「!」 びくりと肩が揺れる。 役目。 それはつまり…「餌」の…? 恐る恐る、皇位の同族を見上げる。 綺麗に、魔物の貌で笑っている。触れる手は優しいけど眼は獲物を狙う獰猛な光を宿している。 俺、食べられるの…? かたかたと知らず、体が震える。 産まれたときから、ずっと聞かされていた役目。 新しい王に渡さなくてはならない「遺産」。それが俺の… ぎゅ、と胸のあたりを両手で抑える。 やだ…いやだ! まだ… まだ…!! * * * * ガシャン!! 「おわっ!?」 浅い眠りから現実に引き戻される。 椅子に座ったまま寝こけていたようだ。 音源に目線をやれば窓辺に座っていた獄寺がカップを落とした音だったらしい。 教団のとった宿での見張りつきの休息。 到底眠る気の起きない俺達は自然、同じ部屋に集まっていた。 何をするでもなくただただそれぞれの思考に沈んでいたのだが… 「神父さま…?」 そこになにかいるのか。驚いた顔のまま獄寺は動こうとしない。 立ち上がりその目の前で手を翳す。 が、獄寺にはそれも目に入っていないらしく動じる様子はない。 「おい?」 「……ああ。」 「獄寺?」 「行かねぇと…」 間近にいる俺など見えないかのように無視し、神父は巫女を振り返る。 「役不足か?」 なにが? 訝しむ俺の目線を受けて、巫女も困ったような表情を浮かべる。 どうやら意味は分かってないらしい。 獄寺は一体どうしちまったんだ? 困惑する彼女の肩で白梟が一声鳴く。 『覚悟は決まったのか?』 「とっくに。」 『全てなくなるぞ。それでもか?』 「そのために俺はある。」 『そうか。』 なんか…二人だけで納得してるけど?? 乱暴な動作で獄寺が左の袖を破りとる。するとカランと何かが床に転がった。 あれ、金色の……腕輪、か? 「!」 「獄寺、それ…っ!」 何気なく腕に視線を戻せば、紫の炎のような痣が。 聖職者の体にあるわけがない、あってはならないその刻印。 楽園の追放者、神に背く罪人の証。 「きゃあっ!!」 「うわっ…!」 突然、爆風に巻き込まれたような衝撃。 壁に激突する寸前に見えない力に押し返された。 『小姫、狩人!私の後ろへ!!』 クイーントが翼を広げ、不可視の壁を築く。 それにより俺達の周りだけ暴風が収まり、ようやく目を開けるようになる。 一体何が起こった!? 「獄寺は…!」 「何事ですか!?」 部屋に教団の連中がなだれ込んできた。 まあ、これだけの音が外に聞こえないわけがないよな。 「山本殿!?これは一体…!?」 「いや〜…俺も聞きてぇよ、この状況。」 気絶してる巫女さんを支えながらへらりと笑ってみせる。 本当はそんな余裕なんかねぇけど… 部屋の中心を見据える。 魔力とも聖の力ともつかない、正体不明の力が渦巻き、そこにいるはずの獄寺を見ることは叶わない。 何が起きているのか、何が起きるのか皆目見当はつかない。 けれど。 あの年若い神父はツナの眷族。 神職につきながらあいつの視る先にいるのは主ではない。 獄寺はツナの為にある。きっと神様にもそれは覆せない。 会って数日だがそれだけは言い切れる。 何をしようとしているのかはさっぱり分からないがあいつが動く理由は一つ。 「ぐわああああ!!」 「『!』」 「獄寺殿!?」 力のうねりが酷くなった。 神父の叫び声に呼応するように…なんだ?なんか、苦しんでるみたいな… 「大丈夫なのか…?」 『始まっただけだ。あれは今まで拒否していた反動。心配はいらない。』 「ぐ…が…っ…!!うぐ…っ…うああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」 ドラゴンの咆哮のような声。 力の奔流がさらに増し、ズンと体に圧力がかかる。 大天使の護りの壁をも貫くそれに梟の体が傾いだ。 『ぐっ…!!』 「父様!!」 いつの間にか目を覚ました巫女が暴風に圧される梟を抱き止める。 どこから出したのか、身の丈を超える槍を床に突き刺し新たな護りを築く。 「?」 この護りの力…どこかで… 問おうと巫女を見上げる。巫女も丁度俺を振り向いたところだった。 風でなぶられ、彼女の藍色の髪がなびく。 「!」 さっきの衝撃で眼帯がとれたのか。いつも隠していた右目が顕わになる。 赤い。まるで、柘榴石のような…天界人との混血がどうしてその色を ドン!! 一際強い音と閃光。 鼓膜が音を拒絶し、視界が白一色になる。 ビリビリと頬に感じる空気の振動。 護りの中にいてもこの衝撃じゃ、外にいたら一溜まりもない。 「…………」 吹き荒ぶ風が止んでいる。 しん、と音の無くなった空間に恐る恐る目を開く。 視界に写るのは見るも無惨に崩れた部屋。その中心に、うずくまる銀髪の白服。 「獄で…」 無事だったか。 そう言って歩み寄ろうとした足を止める。 言葉を無くす俺を余所に、獄寺は何事も無かったかのように立ち上がり、それを広げた。 ばさり。ばさっ… 孵化したばかりのように濡れたくすんだ色の翼。 確かめるように、何度も背に生えたそれを羽ばたかせる。 人では有り得ない姿。 「ごく、でら…?」 音にならないほど、小さな声で呟いたつもりだった。 けれどあっちの耳にまで届いたらしく、獄寺は羽ばたくのをやめこちらを振り返った。 「!」 銀髪から覗く鋭い眼。 鮮やかな深緑色を有していた瞳。それが血よりも深い、赤い石の色に変わっている。 「なに呆けた顔してやがんだ。」 驚いて言葉を無くす俺に、異端の聖職者はそう言ってニヤリと笑った。 …これで呆けるなって方が無茶だろ…? 続く… |