第六話










一人では何も出来ない。
一人では何の価値もない。
一人の意味は何もない。


助けたい人がいて
守りたいものがあって
仲間がいて


ようやく世界は気付くのだ。





* * * *

その場に片膝を付き、目を閉じて集中する。

やるのは二回目だけど…多分大丈夫。

産まれた時から一緒だった膜がシャボン玉のように2つに割れる。

その一つ…雲雀さんのいる膜に意識を注ぐ。柔らかかったそれが硬質なものに変化する。


「…大丈夫です、行ってください。」


雲雀さんは一瞬俺の顔を見、すぐに走り出した。

聖血は一人一人が特殊な力を持つ。

彼らの殆どは教皇直属の白騎士になると聞いている。

あの人は聖血の持ち主だけど、そういう力らしいものはまだ発揮出来てないみたい。

ただ恐ろしく内包する魔力が強い。

使い方さえ知ればあの人自身が言うとおり、守りなんて必要なくなる。


疾走する雲雀さんに狐火が襲いかかる。

でも変質させた膜に触れると溶けるように消えてしまう。

次から次へと狐火が雲雀さんの行く手を遮ろうと飛来しても全て雪のように溶けて消えていく。

どんなに狐火を命中させても消えてしまうのを見て妖狐の顔に焦りが見える。

無駄だ。その膜は触れた邪気を取り入れ強化する。

攻撃すればするほど盾は無敵になる。

雲雀さんがトンファーと呼ばれる武器を振りかぶる。妖狐は美女の仮面をかなぐり捨て狐の本性を剥き出しで雲雀さんに襲いかかる。


「雲雀さんっ!!」

「分かってるよっ!」


膜は高位魔族の物理攻撃の前では無力となる。

高く跳躍し、狐の爪を避ける。

雲雀さんは体を捻り空中で回転するとその力を利用してトンファーと蹴りを狐に叩き込む。

狐が体勢を崩したのを見るとすかさず下から殴りあげた。

凄い。

魔力を純粋に力に変換して戦ってる。

多分、人としても強いんだろうけどあの膨大な魔力をも自身の力に上乗せ出来るなら確かに中級程度の魔族、相手にもならないだろう。

まだ不完全だけど。


「雲雀さん、心臓です!胸が弱点なんです!!」

「へぇ…」


妖狐が髪を振り乱し、尾を刃に変えて雲雀さんを攻撃する。トンファーから鉤を出し、雲雀さんは楽しげに笑う。

飛来する刃を鉤でへし折り、別の刃を弾きまた別のをトンファーで受け…

九本の刃と狐の爪。それをかいくぐって心臓を攻撃なんていくら雲雀さんでも無理だ…

流石に九尾は簡単に倒せないよ。どうしよう…

俺は戦う力がない。今も雲雀さんの膜を維持するので精一杯だ。膜を解除すれば純度の高い邪気をまともに食らってしまう。


パシンっ…


はっとして顔をあげる。いつの間にか、黒い炎に紛れ、ほの青い狐火が俺を取り囲んでいる。

背後を振り返る。6本の尾、この間の狐…!!

狐がニィと嗤うのが見えた。

あの狐だけならともかく、母狐の炎があればこの膜はひとたまりもない。


俺は動けない。


狐がくわりと牙を剥く。

膜が警鐘を鳴らすように赤く輝く。


逃げられない。
避けられない…!


背後では戦い続ける黒い聖の卵。
俺が死んだら、どうなる…?


あの人は…


脳裏に無残に破壊された街と、粉々に砕けた石像が浮かび上がる。


狐の口に光球が宿る。

それが徐々に大きく…







































「失礼!」


ふわりと浮く体。視界に広がる白。

下を見れば悔しげな狐の顔。

俺を抱えたその人が高く高く跳躍したらしい。

不意に支えてくれていた片腕を離され彼の人の服にすがりつく。


「果てろ!!」


ズガン!!



『ギャアアアアアア!!!!』


いつか見た光の弾。

彼の腕に装着された髑髏の顔の武器から発射されたものらしい。

その腕から肩、肩から頭と視線を上げていく。

銀色の髪と優しげな緑の瞳とかち合う。


「神父さん?」

「捕まっていてください。」

「ん!」


落ちる感覚。凄い、気持ち悪い…っ!!

ストンと着地すると神父さんは俺を壊れ物のようにそっと地面に下ろしてくれた。


「少し待っていてくださいね。すぐ終わらせます。」

「あ…待って…!!」

「大丈夫です。俺に加護は必要ありません。それより雲雀の方を…あいつに死なれるとちょっと面倒なんで。」

「?」


神父さんはそう言うと倒れている狐の息子に歩み寄っていった。

ガキンと言う音に俺ははっとする。

そうだ、雲雀さん――!!


「…………」


振り返って唖然としてしまった。

地に落ちた8本の尾。先端に銀のナイフが刺さっている。

雲雀さんは本体と残り一本の刃を相手に舞うようにトンファーを振るっている。

もう、勝負は見えているようなものだ。

――強すぎ。


* * *


「い、いいよ!獄寺くん!!」

「無理しないでください。」


また俺を抱え上げようとする神父さん――名前を獄寺隼人と言うらしい――と逃げる俺。

歩けないほどじゃないからって言っているのに!


九尾親子には結局逃げられてしまった。

最後の最後に止めを刺せなかった雲雀さんは不機嫌な顔でトンファーを洗いに行ってしまった。

俺知らなかったんだけどあのトンファー、聖武器じゃなかったんだね…戦い終わった後獄寺くんが凄い顔で怒って聖水投げつけてたし…

聖武器無しであそこまで戦えるなんて本当に凄い人だ、雲雀さん…


そして俺はと言うと。

自分の膜は勝手にあるだけだから何ともないんだけど人の膜は俺が維持させなくてはいけない。

今日対峙した魔物が上級だったせいで戦闘終了時には立ち上がれないほど俺は消耗していた。

雲雀さんが川に向かうまで平気なフリしてたんだけど、木の陰で情けなくへたり込んだとこを獄寺くんに見つかってしまったのだ。

時間経ったし歩くのには困らない程度には回復したって言っても彼は全然聞いてくれない。


「次の町までかなりありますし…」

「大丈夫だって!そこまで迷惑はかけられないよ。」

「何やってるの、君たち。」


押し問答を繰り返していたら雲雀さんが帰ってきた。

水が滴るトンファーを布で拭っている。


「もう行くよ、綱吉。」

「はい、あ…」


ふらりと体が傾ぐ。いきなり立ち上がったから…

雲雀さんが腕を伸ばして俺の体を支える。


「…君、怪我でもした?」

「い、いえ…」

「てめぇに加護膜を張っていらしたからお疲れなんだよ、沢田さんは!」

「ご、獄寺くん!!」


余計なこと言わないで!!

そう言おうとしたらくしゃりと頭を撫でられた。そして体を持ち上げられる。


「…雲雀さん?」

「なんだ、それならそう言えばいいのに。」

「あの、歩けないほどじゃないんで…」

「眠かったら寝てていいよ。」

「雲雀さんてば!」


雲雀さんは俺を両手で抱き上げるとすたすたと歩き出した。

人の話聞いてます!?

じたばたするとじろりと睨まれた。


「何。」

「歩けますって!」

「眠くなると幼児はよく転ぶと聞くよ。」

「幼児…ってあの!」

「20代は魔族じゃ幼児期なんでしょう?」


うっ…確かにそうだけど!!

俺一応、あなたと同じくらいの外見してるのに…

俺が大人しくなると雲雀さんはまた、すたすたと歩き出した。

なんか…悔しいんですが…

雲雀さんの肩越しに後ろを見ると獄寺くんが後を付いてきている。

目が合うとニカッと笑う。

あれ…そういえばなんで彼がここにいるんだろ。あの町からはかなり離れたはずなのに…


「…ねぇ、なんで君がここにいるの、そういえば。」


ぴたりと足を止めて雲雀さんが後ろを睨む。

そう、俺も気になってた。

教会付きの神父はその教会のある区域の守護者でもある。だから常に町の中にいる必要がある。

だと言うのに。


「違う任務が来たからな。教会には今頃次の神父が行ってるだろ。」

「任務?」

「未登録の聖血を護衛しろとよ。聖都まで連れてけと。」

「ちっ…」


雲雀さんが忌々しげに舌打ちをする。


「つまり、僕の動向はお見通しってわけ?ムカつくね。」

「俺もムカつくがこの任務は願ったり叶ったりだな。」

「?」


獄寺くんは俺の手を持ち上げると甲を自分の額に押し当てた。そして唇を落とす。

本で見たような、忠誠の証。


「雲雀はどうでもいい。貴方に俺は着いていく。無力だというなら貴方を守らせて欲しいんです。」

「ええっ!?」

「お嫌ならば神父を辞めます。邪魔だと言われるならば死んでもいい。この命、貴方に貰ったものです。お役に立てなければ必要ない。」

「そ、そんな…」


困ってしまう。そんなつもりで助けた訳じゃない。

それに…彼を見ていると、正直苦しい。あの時を思い出して、辛い。

彼しか救えなかった自身の無力さを突きつけられるようで。

本当は、会いたく無かった。だから聖都には決して近づかないようにしていたのに…

本当に、皮肉。


「……それと。これを渡して欲しいと。」

「?」


俺が俯いていると目の前に手が差し出された。

小さな木彫りの天使に細いチェーンがついた、御守り…?

顔をあげると獄寺くんもその御守りを見つめていた。微かな笑みが口元にうかんでいる。


「フゥ太が…貴方が救った子どもが作ったものです。
貴方に会ったら渡すんだと言って指を傷だらけにして作っていたんですよ。」


差し出されたそれを受け取る。

少し不恰好なそれを指でなぞる。暖かい。


「…いい細工だね。君の好きな天使だ。」

「はい…」


頬を、つうと暖かいものが伝っていく。

初めて魔族に産まれた事を、俺は感謝した。



* * * *

「…今、一瞬気配がしたのにな…」


駄目だ、居場所まで特定は出来ない。

でもなんとなくある可能性が脳裏に浮かぶ。

俺の弟子になるはずの少年。

あいつが目的の能力者なのかもしれない。

それならば全て辻褄が合う。


「ま、そのうち獄寺が連れてくんだろ。」


その時に確かめればいいだけだ。

どちらにしろそろそろあいつには聖都に来てもらわなければならない。

あの血を引く者はあいつ一人きりなのだから。








続く…





←back■next→