第七話 …歩けるとか散々騒いでたけど。 結局眠ってる大きな『幼児』。 「…腕、疲れたら代わる。むしろ今すぐ代われ。」 「やだ。」 この子人じゃないって言うのは本当みたい。 いくら細くて小柄と言ってもこの体重はあり得ないから。 例えるなら…猫? そう、そのくらいの重みしかない。 「代わるのはいやだけど…この子少し顔色が良くないね。」 「なら少し早いが宿入るか…」 まだ夕暮れだけど…別に急ぐ旅でも無し。 むしろ行かなくてもいいぐらいだ。 宿代は神父がいるから無料になるらしい。 よく分からないがこの獄寺という神父、かなり上位の実力者らしい。 宿の亭主は上機嫌で一等いい部屋へと案内していく。 「ではごゆっくり…」 亭主が部屋を出ていく。 僕はじろりと神父を睨んだ。 「なんで相部屋なの。」 「個室がいいなら取ってやるぜ。」 「そう言いたいけどね。この子をこのままにはしておけないでしょう。」 ベッドに綱吉を降ろす。 顔に血の気がなく真っ白な色になっている。 顔にかかる髪をかきあげてやるとうっすらと目を開けた。 「おはよ。」 「…ん、ここ、宿ですか?すみません、寝ちゃって…」 「沢田さん、お顔の色が良くないようですが…どこか、具合が悪いところでも…」 「平気…お腹がすいただけだから。」 綱吉は起き上がるといつも背負っている袋に手を伸ばす。 しかし少し躊躇うように動きを止めると神父の方を向いた。 「食事なら、今すぐ用意して…」 「ううん、いらない。 食べるのは好きだけど俺は糧になるものが決まってるから普通の食べ物は意味が無いんだ。」 「糧…ですか?」 「うん。そうだな…柘榴、あったら貰ってきてくれないかな?」 「はい!行ってきます!」 脱兎の如く部屋を飛び出していく神父。 それを見送り僕はベッドに腰を下ろした。 「…柘榴なんてこの時期にあるわけがない。なんで嘘ついたの。」 「嘘じゃないです…柘榴も糧になるんです。これには敵わないけれど。」 袋から取り出したのは白い林檎。 この綱吉が背負っている小さな袋は特殊な術がかかっているのか途轍もない許容量を持っている。 外から見れば精々林檎二つ分にしか見えないのだが。 綱吉はかしり、と果実にかぶりついた。紫の果汁が零れる。 「雲雀さん…これがなんだか、知ってますか?」 綱吉は果汁を拭い、林檎を目の高さまで持ち上げる。 艶やかな真珠の光沢を放つそれは濃厚な甘い香りを放つ。 「さあ?変な林檎だけど…」 「これ、『天界の木』になる実なんです。」 「あの教皇の庭にあるっていう?」 「そうです。」 『天界の木』。 神から始まりの人に贈られた木だと言われているものだ。 作り話だとばかり思っていたけれど… 目の前でその実を見せられれば信じざるを得ない。 「これは盗んだものなんです。 神からもらった木の実を吸血鬼が盗んで食べてるなんて知れたらどうなるか。 …やっぱり教会側の人には言えないですよ…」 「だから追い出したの?馬鹿だね。これから先もあの男は着いてくるんだよ。隠し通せるわけ無いじゃない。」 「うう…そうですけど…」 かじかじと林檎をかじる綱吉の頭をくしゃくしゃと撫でる。 怒られると思っているの? 馬鹿だね、あの神父なら君のすること全てへらへら笑って受け入れるだけさ。 綱吉が実にかぶりつくと首を紫の液が伝う。それを指で拭ってペロリと舐める。 毒のような甘さの中にほろ苦さが合わさる。 何故か、全く関連性が無いのに血を連想した。 「君はこの林檎と柘榴しか食糧にならないの?」 「いいえ、違いますよ。俺は吸血鬼ですから。」 綱吉はぱくりと最後の一口を食べきるとぴょいとベッドから飛び降りた。 頬に赤みが差し、すっかり元気になったようだ。 「なら、君も血を吸うの?そのわりに僕の血を見て逃げ回ってたよね…」 「人の血は見るのも嫌です。肉も…あ、勿論動物のですよ?食べた事あるんですけど気持ち悪くなって吐き出しちゃって。」 「ならやっぱり果物しか食べてないじゃない。」 「いえ、一番の糧…」 ズガンッ!! 「「!?」」 綱吉がカーテンを開く。窓から見えた飛影…ドラゴン!! それが宿に体当たりしているのだ。 金の瞳と目があった。明らかに僕が狙いのようだ。 僕は即座に窓から飛び降りる。下降中にトンファーを抜き放つ。 今日1日で滅多にお目にかかれない上位ランクの魔物に二匹あたった。 いいね、ぞくぞくするよ… 「雲雀さん、駄目です!!」 スタン、と僕とドラゴンの間に綱吉が両手を広げ降り立つ。 「何。邪魔する気?」 僕が不機嫌な声で言うと綱吉が首を振る。でも退く気は無いみたい。 そうこうしている間に尖ったヒレのついたドラゴンの尾が飛んでくる。 僕は小柄な身体を抱え高く飛び上がった。石畳が砕ける。 「駄目なんです、雲雀さん。 金眼のドラゴンは魔族の中でも最上位…!国によっては神とされるんです。 ハンターでも手を出す者はいません。」 「そんなの僕には関係ない。」 構わず飛びかかろうとすると腰にしっかりと組み付かれてしまった。 綱吉は首を激しく振って僕を押し止めようとする。 「駄目ですってば!!雲雀さんがどんなに強くても意味ないんです!!聖武器でなくてはドラゴンにかすり傷一つつけられないんです!!」 「またそれかい…?全く面倒だね…」 神父から渡されたナイフはあるけどこの刃渡りではあのドラゴンの皮膚を切り裂くのがやっと。 到底心臓まで行き着くとは思えない。 それにこちらが攻撃できずともあちらは戦う気満々だ。 ドラゴンの口から炎の光球が飛び出す。 だけどよける前に別の方角から飛んできた光弾によって空中で相殺する。 「ったく、今度はドラゴンかよっ!!」 「獄寺くん!」 「お前次から次へと魔物引き寄せるんじゃねぇよ!!」 「怖かったら布団の中でうずくまってれば?臆病な犬に用はない。」 「てめっ…果たす!」 「だーめー!!今はそれどころじゃないでしょう!?」 今度は獄寺に組み付いてその動きを止めようとする綱吉。獄寺はピシリ、と固まった。 「獄寺くん、その腕のって聖武器なの!?」 「は、はい!」 「あのドラゴン、金眼なんだ!」 「!」 獄寺もその意味を理解したようだ。左腕の銃のような武器を構える。 「つまり俺しか戦えないってわけか…雲雀、沢田さん連れて教会にいろ。」 「なんで。」 「だあ〜っ!!いちいち反抗すんじゃねぇよ!!お前じゃ戦力になんねぇんだよ!!」 「やだ。」 「『やだ』じゃねぇ!!元はと言えばトンファー、聖化してやるっつってんのに拒否しまくったお前が悪いんだろ!!」 だって無いと落ち着かないんだよ。 聖化するのに聖水つけて神頼みして…とかなんやらで一週間かかるっていうから。 ドラゴンが咆哮する。神父はそちらに気を向ける。 ずるい、僕の獲物なのに。 僕がいっそこいつを攻撃してやろうかと物騒なことを思っていると綱吉に袖を引かれた。 「?」 「こっち来てください。」 くいっとまた袖を引かれる。 引っ張られるがまま歩いていたら路地裏に連れて行かれた。 「綱吉、なに…」 「雲雀さん、あれと戦いたいですか?」 綱吉が真剣な目をして僕を見上げる。 愚問だよ。答えは勿論、是だ。 「…分かりました。なら雲雀さん、武器貸してください。あと、ナイフも。」 「何をするの?」 綱吉がニコリと笑う。有無を言わさない笑みだ。 ナイフを渡す。 すると綱吉がそれで自身の手首を切った。血が溢れでる。 「ちょ…!」 「大丈夫です。」 自身の血を口に含むと綱吉はトンファーを両手で捧げ持った。そして三カ所に唇を落とす。 「!」 銀色のそれが淡く光を放ちだした。 僕が驚いている間にもう片方にも同じ動作を繰り返す。 不思議な輝きを放つ二対の相棒。 僕は目の前の幼い吸血鬼を凝視する。 「これで、あのドラゴン相手に戦えますよ。」 綱吉は手首をペロリと舐めながらそう言った。 血はまだ止まらない。 幾分、酔ったような瞳で綱吉はその血を舐め続ける。 「何をしたの…?」 「…貴方が戦えるように。ただそれだけです。」 トンファーの光が止んだ。 綱吉も血が止まったようで袖を元に戻す。 僕はまだ問いたいことがあったのだが、ドラゴンの咆哮が激しくなったのを聞いて、居ても立ってもいられなくなってしまう。 悩むようにちらりと表の方を見る。 「行ってください、雲雀さん。」 綱吉が背中を押す。 振り返るとへにゃりと笑う。 「俺は逃げませんから。後で話します。」 「……本当だろうね。」 「はい。」 綱吉を見下ろす。 純粋な幼子のような、しかしどこか陰りのある瑪瑙の瞳。 真意が読めない。いや、あるいは何もないのか… 「…………」 最後にもう一度、綱吉を振り返り僕は魔物に向かって走り出した。 * * * * けしかけたドラゴンを上空から見下ろす。 少し、上位過ぎましたかねぇ… しかしこれくらいは倒してくれなくては。 あれも倒せぬ程度の実力ならば探し人であるはずがない。 「奇跡」の正体が偶然ではつまりません。 「さあて…お手並み拝見。楽しませてくださいね…」 期待してますよ…神の僕くん? * * * * 足りない。 足りない。 もっと欲しい。 雲雀さんを見送った後、やって来た飢餓感に左腕を持ち上げた。 さっき切った場所。 人より回復の早い魔族の体は既に傷も治りかけている。 でも俺は耐えられなくてまた、傷口を抉るように歯を立てた。 血がまた溢れてくる。 「……っは…」 林檎では足りない。 駄目なのに、また血が足りなくなるのに…でも美味しくて… 「ん…んく…んん…」 ――こんな姿を、彼らが見たらなんと思うのだろうか。 止まらない血を啜りながら俺は頬にさっきとは違う涙が伝うのを感じた。 続く… |