第八話






黒光りする鱗。夜空に浮かぶ翼竜。

こんな大物…久しぶりだ。鈍ってないことを祈るか…

俺は視界から二人の姿が消えたことを確認すると左腕を肘まで覆う篭手型の光銃を構え地を蹴った。屋根にまで飛び上がる。

光銃の髑髏の口から光りが伸びる。それを剣のように振るい、ドラゴンの顔に斬りつける。


「ギィアアア!!」

「おっと!」


光りが触れた所が焼けたように黒ずむ。

怒ったドラゴンが火球を吐くのを腕を翳し受ける。

俺の体を覆う、薄い光の壁。それがドラゴンの火球を掻き消す。

沢田さんと同じ「無意識の加護」だ。

恐らくはあの人が注いだ血が俺の体内で同じ能力を発揮しているのだろう。

飛来する尾を避けドラゴンの肩を踏みつけ再び飛び上がる。

狙いを定め竜の心臓と眼に数発光弾をぶち込む。が、やはりそう簡単にはいかない。

少しダメージを受けてはいるものの硬い鱗は貫けない。


「ちっ…」


民家の屋根に降り立つとドラゴンの爪が襲いかかってきた。それを転がり避け、跳ね起きる。

迫った頭に二発光弾をお見舞いする。

ドラゴンの咆哮が辺りに響き渡った。


「ギュアアアアアアアアアア!!!!」

「…うるせぇ!!」


凄まじい音に大気が震える。

俺の鼓膜が昇天したらどうしてくれんだ!!

ヤツの喉笛に光る剣を叩き込む。ジュワリとドラゴンの皮膚を焼き刃が反対側にまで達する。

だが普通ならば致命傷のそれも金眼には効かないようだ。苦しみはするものの全く怯む様子も無く再び襲いかかってくる。


「まあ、そんな簡単に倒れられたらつまんねぇけどな!」


* * * *


「…は…」


やっと収まった…気を付けないと…

俺はふらつきながら立ち上がる。

赤い膜のお陰で昔からあまり怪我をする事はなかった。

でもだから偶にこうやって流血すると血が欲しくてたまらなくなる。

自分の血では意味が無いのに…


「行かないと…」


雲雀さんは強い。でも不完全なあの人を俺は守りたい。

首から下げた、獄寺くんから貰った天使が揺れる。

昔、好きだった今はない白い天使の像。

初めて雲雀さんに会った時、俺はあの天使だと思った。

あの石像の天使が命を持って戻ってきたのだと。

俺には判る。あの人はきっと誰にも支配されない高みに登る。あの天使の石像そのままに全てを断罪する存在になるはずだ。

聖血の人間は幾人も見てきたけれど、あの人のような気を放つ人間は誰一人いなかった。


「!」


俺は気配を察して上空を見上げた。

…なんだ?

一瞬だけど、とてつもない魔力を感じた。

視界には何も映らないけれど、何かが此方を伺っているような…

もしかして、雲雀さんを狙って?いや、しかし敵意は…


俺はそこではっとした。

金眼のドラゴンの生息するような深い森はここにはない。大体、眠りの深いあの魔物が聖血が現れたぐらいで目を覚ますだろうか?


「まさか、誰かが…けしかけた…?」


* * * *


「邪魔。」

「おお!?」


突然背後から飛んできた鎖をドラゴンの頭を踏み台にしてかわす。空中で体を捻ると全身黒づくめの男が目に入った。

あいつ懲りもせず…!!


「ギイイィィ!!」

「んあ?」


ドラゴンを見るとヤツのトンファーから発射された鎖が右目に突き刺さっている。

…効いてる?なんでだ?

気にはなったが今はそれどころじゃない。俺は落ちる速度を利用しドラゴンの眉間に光剣を突き刺す。直ぐにそこから離れると
ドラゴンが炎を噴射する。

雲雀はひらりと飛び上がるとドラゴンの翼の根元にトンファーを突き入れた。

体が傾ぐ。俺も賺さず逆の翼に数発炎弾を撃ち込んでやる。

雲雀が止めとばかりにトンファーでドラゴンの腹を殴りつける。

その体のどこにんな力があるのだろうか。5mはあろう巨体が吹き飛んだ。


「雲雀、てめえそれ…」

「来るよ」

「!」


火球が何発も飛んできた。

ちっ、しぶといヤツだ!

翼のダメージが強いらしく飛び上がることはないがバサバサと鬱陶しい。

と、突然、ドラゴンが炎を無差別に吐き出し始めた。

まずい!民家に引火したら…!!


「させない!」


慌てる俺の視界を横切る白い影。沢田さん…!?

炎を吐き出そうとドラゴンが口を大きく開けた瞬間にその喉の奥にナイフ――俺が雲雀に渡した物だ――を投じる。

聖の属性を持つそれはドラゴンの炎を打ち消す。


「上出来!」


玉鎖を垂らした二対のトンファーを振り回し、雲雀がドラゴンの左の翼を切り落とす。


「ったく、負けてられるかよ!!」


ドラゴンに向かい走り出しながら光銃の剣に気を注ぐ。身の丈ほど伸びた刃を振るい、奴の頭の上まで飛び上がる。


「いい加減、死にやがれ!!」


ザンッ


「ギュアアアアアアアアア!!!!」


真一文字に刃を凪ぐ。ごろりと、魔物の首が落ちた。

巨体が傾ぎ、倒れる前に灰となって霧散する。


「っはあぁぁぁ〜…」


終わった…


* * * *


かしゅかしゅと音を立てて林檎にかぶりつく沢田さん。

…リスみてぇ。

柘榴は流石に時期じゃないから見つからなくて、代わりにと柘榴のジュースを買いに行ったら店主に林檎をバスケットに山盛り押し付けられた。

昨日、ドラゴンを倒した礼のつもりらしい。

…ぶっちゃけ俺らのせいで襲ってきたんだけどな。要らんことは言うまい。


「うまいですか?」


こくこくと頷きまたかしゅかしゅとやり出す。

腹には溜まらないものの果物をかじるのは好きらしい。さっきまでは宿の亭主が持ってきたオレンジに夢中になっていた。


「綱吉…いい加減食べるのやめて話しようよ。」


不機嫌そうに椅子の背もたれを前にして座る雲雀。

昨日、こいつの武器を使用可能にしたのは沢田さんだった。

そのことを雲雀は聞こうとしているのだが沢田さんは宿に帰った途端、落ちてしまって昼過ぎまで眠ったままだったのだ。


「君ね…お腹がすいたんならそんなの食べてないであの変な、むぐ。」

「言っちゃ駄目です!」


沢田さんが雲雀の口を慌てた様子で塞ぐ。


「なんでさ。」

「だって、だって…あうぅ…」


沢田さんがちらりと俺を見てパッと俯く。

…なんだ?


「まあいい、君の好きにすれば。それよりこれの説明しなよ。」


すちゃ、と雲雀がトンファーを沢田さんの喉元に突き付けた。

俺は無言で沢田さんの体を背後に隠す。


「それと君の正体もね。」

「言ったじゃないですか、俺は吸血鬼です。」

「神父。」


雲雀が突然トンファーを投げつけてきた。それを間一髪で受け止める。


「てめっ…」

「それ、なんか変わった?」

「は?」

「どうなの。」


言われて手の中の武器に視線を落とす。

変わったことだ?

そんなこと分かりきっている。銀色のそれが帯びる気は俺の光銃と同じ聖の属性。

「聖化」されているのだ。

聞いた話が本当なら、魔物の筈の沢田さんの手によって。

背中に感じる暖かな体温。謎の多い俺の魂の恩人。


「…聖武器になってるな。」

「吸血鬼の血でそんな事出来るの?」

「…前例はねぇな。」


雲雀にトンファーを投げ返す。

それをしまい雲雀は沢田さんを見やった。


「僕君に会ったときからおかしいと思ってたことがあるんだけど。」

「何ですか…」

「同類のような…不思議な親近感を感じるんだ。僕は他人に対してそんな事を感じたことは無いんだけど。」


雲雀が立ち上がる。沢田さんは俺の後ろに隠れたまま動かない。


「この神父に会ったとき、僕と同じ匂いを微かに感じた。そして綱吉、君は魔物なのに、確かに僕と同じ匂いがしている。」


それは、俺も感じた。

雲雀がすぐ側まで近づいてきた。沢田さんが俺の服を握りしめる。


「………君は何者なの。沢田綱吉。」

「俺は、吸血鬼です…あなたとは違う。」

「本当に?」


ぐい、と雲雀が沢田さんの髪を掴み顔を上向かせる。


「ああ!」

「雲雀!」

「あの狐やドラゴンに会ってやっと分かった。君は彼らと同じ上位の魔族だね。」

「痛っ…!」


雲雀は痛みから逃れようとする小さな体を強引に引き寄せ鋭い眼光を向ける。


「君は本当に吸血鬼なの?」

「…そうです。」

「なら聞いてみようか。聖化されたナイフで手首を切って、無事でいられる魔物がいるのかどうか。」


――そんな魔物は存在しない。

魔物は聖の刃が触れた所から灰に変わり、血は干からびる。高位魔族でもそれは変わらない。

沢田さんは左手首を抑え狼狽えた表情で視線をさまよわせる。


「君は魔物の匂いがしないんじゃない。相殺されてるんだ、別の匂いで。」

「……」

「君が身につけているその十字架や護り石、趣味なのかと思っていたけれど…フェイクなんだろう?」


ビクリと沢田さんの肩が揺れた。


「君の属性を誤魔化す為のフェイク。違うかい?」

「それ、は…」


雲雀の視線に気圧されて、沢田さんが後じさる。

頼りなげに視線を落とす姿は置いて行かれた幼子のようだ。


「綱吉、もう一度聞くよ。君は何者なんだい?君は、何が目的で僕に近付いてきたんだい?」


弾かれたように沢田さんが顔を上げた。

雲雀が無表情で繰り返す。


「何が狙いなの?言いなよ…君は現れたタイミングもおかしかった。」

「雲雀…」

「君が僕に着いてきたのも、最上位の魔物が現れるようになったのも偶然なのかい?」

「雲雀!」

「味方のような振りをしているけれど、君は本当は…」

「雲雀、やめろ!」


ヤツの胸倉を掴み黙らせる。

沢田さんを見ると彼はあどけない顔で笑っていた。

でも分かる。俺の体内を巡る血が囁く。

――泣いている。沢田さんが泣いているのだ、こいつのせいで。

俺は突差に彼の腕を掴もうと手を伸ばした。

それを身を引き避けると彼は俺たちに背を向けた。


「なんだ、今頃気付いたんですか?遅いですよ…」

「沢田さん…」

「こんなことなら聖都まで待たずにさっさと血を吸っておけば良かった。」


再度、伸ばした手は振り向き様に払いのけられた。

最後に見た顔は、仮面のような笑顔。


「人間なんて、嫌いだ。」

「つなよ…!!」


一瞬で、小さな体が灰になり弾けた。

彼が首からかけていた手彫りの天使だけが、床に残されていた。








続く…





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